皓星社(こうせいしゃ)図書出版とデータベース

台湾出張記 第3回 世間に文字あり 国立台湾図書館、女書店、国立台湾文学館

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楠本夏菜(皓星社)

第1回から4ヶ月、台湾出張からはもうすぐまさかの半年が経とうとしていますが、こんにちは。楽しかった思い出を、誰が読むでもなくただただハッピーのままに反芻するためだけに書き残す連載【台湾出張記】。最終回の今回は、台湾の国立図書館や最も興味のあったフェミニズム専門書店、そして国立文学館をご紹介します。

 

国立の図書館がどうして三つも? 国立台湾図書館

朝から雨模様の4日目、この日のメインは国立台湾図書館です。日本の国立図書館といえば国会図書館(NDL、東京本館および関西館)ですが、台湾には、今回訪れた①国立台湾図書館(新北市)、そして②国家図書館(台北市)、③国立公共資訊図書館(台中市)という三つの国立図書館があります。これらはそれぞれ前身が異なり、国立台湾図書館は日本統治期時代の1914年に創設された台湾総督府図書館、国家図書館は1928年に中国・南京で設立された中華民国臨時政府時代の図書館がその起源です(戦後国民党の移転に伴い台湾へ)。国立図書館の歴史は、まさに近代台湾の歴史を紐解く鍵とも言えるのです。

台湾総督府の官立図書館として開館した後は、戦後「台湾省立台北図書館」「国立中央図書館台湾分館」など名称や場所を変え、開館99周年の2013年1月に今のかたちとなりました。

写真1 建物3〜4階の高さまである大きなエントランスがおしゃれな国立台湾図書館。図書館の周りは緑が眩しい公園が広がります。

 

国立台湾図書館の特色の一つは,戦前の日本関係資料を10万冊以上と豊富に所蔵していることである。台湾総督府図書館や日本の南進政策推進のため設立された財団法人南方資料館から引き継いだ資料には,官報や各種の調査 報告書などの文書類,東南アジア関連の南方資料,『台湾日日新報』『台湾教育』などの逐次刊行物が含まれる。これらの資料や地方志などの中国語資料を元に,2007年には図書館内に台湾学研究センターを設立した。同センターでは資料を利用・提供すると同時に,雑誌『台湾学研究』などの出版や,台湾学関係の講座,シンポジウムの開催など,台湾学の発展を目的とした事業も実施している。

所蔵資料のマイクロ化や電子化も,日本関係資料から開始された。現在は,雑誌約350タイトルを収録する「日本統治期雑誌全文画像システム」,図書約22,000冊を収録する「日本統治期図書全文画像システム」などのデータベースや,同館および他機関作成の台湾関係データベースを横断検索できる「台湾学電子資源総合検索システム」を提供している。(水流添真紀「 100周年を迎えた国立台湾図書館」カレントアウェアネス-E No268、2014年10月9日、リンクは筆者が追加)

 

②の国家図書館は納本・文化的保存を目的とする貸出禁止の書庫であるのに対し(つまり日本の国会図書館的立ち位置)、この国立台湾図書館の役割は資料の収集や整理、そして一般市民の来館者への提供を主としています。いただいたパンフレットを見ると、書画展や映画の上映、大学教授や作家を招いての公開講座、親子向けの読み聞かせ会など、常に複数のイベントが同時並行に企画されているようでした。暇つぶしであったり、特に用事がない時でもここでなら新しい出会いがありそうとわくわくすると共に、日本では国立の機関がこのような本やアーカイブに触れる機会を設けていることは中々ないので羨ましい限りです。

 

ショッピングモールのような明るい雰囲気の館内

例えば、若年層向けの書籍を扱う青少年読書エリア。壁の色合いも明るく、展開の仕方もユニークです。2月は「Write Precisely」をテーマに、読書感想文やレポートを書く際に役立つものが選書されています。ちなみに前月の1月のテーマは「大掃除的方法」で、新年はまず断捨離! という切り口の展示だったようです。

写真2 「青少年読書エリア」の展示はこんなに賑やか。目玉としてパンフレットでも取り上げられていた書籍は、三浦しをん著『マナーはいらない 小説の書きかた講座』(『寫小說,不用太規矩』、パネル右下)。

 

館内は1階がレファレンスカウンターや視聴覚室、新聞・雑誌閲覧室、地下1階は国際会議室、駐車場、2〜3階が繁体字書籍、4階が雑誌合本フロアに分かれています。5〜6階には、台湾学研究センターや郷土教育資源センターがあり、その他古書やコレクションを中心とした専門フロアになっています。このフロアではNDLと同じように荷物をロッカーへ預ける必要があります。その時には気がつかなかったのですが、地図を見ていてふと気になったのが5階にある「台湾図書病院」という面白いネーミングのフロア。調べてみると、図書の保全・修復作業を行う製本室とのこと。統治期の開館当時から製本には注力していたようで、一般見学や指導を含め、資料の持続的な活用のため作られた場だそうです。

写真3 日本統治期の民族運動史の資料コーナー。郷土教育資源センターはメインの展示コーナーが木の形をしていたり、特別コレクションの看板も木目調であったりデザインにもこだわりがうかがえます。

 

写真4 台湾では 8割方の図書館が中国図書分類法(頼永枠分類法)を採用しているそう。(注1)

 

写真5 統治期時代の旧籍資料は、台湾総督府図書館和漢図書分類法で並んでいます。南方資料館分類法というものもあり……? この辺りは『調べる技術』の小林昌樹さんにお伺いすると教えてくれるかも。

 

この日は資料のデジタル化を担当された方に直接館内のDBをご案内いただけることになりました。DBの整備には、第二回でご紹介した台湾大学図書館とも連携を図ったとのことでした。ただし、台湾大学図書館とは異なり、国立台湾図書館DBのほとんどは一次資料の閲覧にはカウンターでの登録が必要です。外国籍の場合、パスポートと住所や番号のご用意を(司書の方に事情を説明し、私は通訳の方に住所などをお借りしました。ありがとうございます)。一度登録をすれば、海外からでも一次資料まで閲覧することが出来ます。

NDLのリサーチ・ナビ「台湾所在の植民地期日本関係資料の調べ方」では、そのうち「日文旧籍台湾文献連合目録」が総合目録として挙げられています。ここでは、国立台湾図書館の他、国立台湾博物館図書館等24機関の日本語資料の一部を横断して検索することが出来ます。このDBは利用者登録やログインは不要で、日本国内からでもアクセス可能です。

図1 植民地経営で大きな産業基盤となった「砂糖」で検索すると、取引年鑑や調査書といった資料一覧とその所蔵館の情報が出てきます。

 

帰りに利用者カードの申請をするため、1階のレファレンスカウンターで待っていると、遠くに気になるガラスケースがありました。よく見るとなんと図書館のオリジナルグッズコーナー! 文房具だけでなく鞄や帽子まで驚きの充実度で、その後も訪問先があるのに色々買い物してしまいました。個人的にミュージアムショップが大好きなのではしゃいでしまいましたが、あまりの喜びように会計してくださったカウンターの方は若干苦笑い。良い思い出になりました。

写真6 右のボードに飾ってあるポストカードは、『媽祖』『翔風』(第2回参照)といった雑誌表紙がセットになっています。もちろん即購入。

 

写真7  利用者カードの絵柄は〈采風図〉の一部。市民の方の多くは自前の悠遊卡に利用機能だけ紐づけてもらうそうです。シンプルなデザインに惹かれて買ったグラスの文字は『台湾専売局辞典』の一例から引かれています(「このグラスに熱湯を入れても割れませんか?」と書いてある気がします。結局どうなのでしょう)。

 

注1 「台北における図書館・文献検索’情報 一入門編・三訂版一」西英昭 、2012

 

女性による、女性のための、女性に関する書店・女書店

午後はもう一箇所、中央研究院の人文社会科学連合図書館へ行ったところで日が暮れ解散に。4日目のこの日が台北でゆっくり出来る最後の日だったので、2日目に訪問した時には勉強会で臨時閉店していた憧れの店・女書店へ最後のチャンスとして行ってみることにしました(2日目は昼に別の目的地へ行く道すがら一度店の前を通り、夜にいざ来てみたら閉まっていたので実に三度目の挑戦)。

写真8 2日目の夜に訪れた時は、女書店主催の読書会中でした。課題図書はオーストラリアの哲学者、フェミニスト理論家のエリザベス・グロス『Becoming Undone』(2011、日本未翻訳)。こっそり覗くとお店にはぎっしりお客さんの姿があり、良いなあ……と思いながら退散。

 

女書店は一九九四年四月十七日に開業した、中華圏初のフェミニズム専門書店である。「女性による、女性のための、女性に関する」書籍を提供し、近年では「女性に関する」テーマから「ジェンダーに関する」テーマへと扱う範囲を広げている。(略)社会運動家が開業した独立書店が、財閥のバックアップもなく、大型書店チェーンとネット書店に挟まれながら存続するのは容易なことではない。一九九六年には、女書店の経営のもう一つの柱として出版部門を設立した。出版部が初めて出した書籍はケイト・ショパン(Kate Chopin)の『目覚め』(The Awakening) であった。台湾の名高い女性運動団体「婦女新知基金會」の英語名(The Awakening Foundation)と同名だ。(略)「女書店文化」は台湾唯一のフェミニズム専門の出版社であり、出版した書籍は百冊以上にのぼる。(『台湾書店百年の物語』、p178-179)

一定議席を女性に割り当てるクオータ制を導入して30年あまり、また2019年には同性婚が合法化され、日本から見るとジェンダー平等の意識が広く浸透しているように見える台湾ですが、その萌芽は1980年代の戒厳令下での民主化運動にありました。引用にもある「婦女新知基金會」(前身は婦女新知雑誌社)は1982年に設立された台湾フェミニズム運動の先駆け的団体であり、雑誌の刊行だけでなく教科書のステレオタイプ表象への問題提起や、民法改正といった法律の側面からも女性の権利を守るための活動を続けてきました。

写真9 台湾大のすぐそばにある女書店。1階には女巫店(魔女の意)というライブハウスが入っています。

 

写真10 お店のロゴにもなっている女性の横顔は、ヴァージニア・ウルフがモチーフ。階段の手前には、婦女新知雑誌社の創設者である李元貞のサインが見えます。

 

書籍、雑誌、写真集、グッズ等、フェミニズムにまつわるものがジャンルごとに並ぶ店内でしばらく過ごしました。お店の方かお客さんか分かりませんでしたが、静かに会話されている方もおり、ここが書店という立場を越え、一つのセーファースペース——社会的背景の異なるもの同士が互いに尊重し合い、居心地良く過ごせる場所の役割も果たしているのだと改めて感じました。ここでは、装丁とタイトルに惹かれ『除了病,我一無所有』という書籍を買いました。

写真11 レジ横のディスプレイの写真を撮らせてもらいました。栞には「女有、女治、女享」の文字。

 

台南といえば! 国立台湾文学館

5日目は台北から台南へ高鉄(新幹線)で移動し、林百貨や神農街周辺を散策しました。学生の頃調査に来た場所で、変わらずどこか時間の流れがスローになったようなゆるやかな雰囲気やその後押し寄せたコロナ禍の辛さを思い出し涙が出そうに……。

そして6日目、朝一番に国立台湾文学館へ向かいます。朝食を買いにコンビニへ行った帰り、街を歩いていたおばあさんに「仕事に行くの?」と声をかけてもらいました。地元の人とお話出来るのが嬉しく「早上好zǎoshang hǎo」とご挨拶したのですが話が広がらず、通訳の方に帰ってその話をすると、それは大陸の挨拶で、台湾では「早安zǎo ān」が一般的だと教えてもらいました。私の語学力はほぼゼロなのですが、数日滞在して挨拶でさえまだ理解が足りなかったのか……と思うと同時に、次はもっと上手くやってみせる! と朝から謎の決意をしたのでした。

写真12 民生緑園(湯徳章紀念公園)のロータリーに面する国立台湾文学館。『台湾日式建築紀行』でも細かい意匠のスケッチがありましたが、建物そのものを見学するだけでもあっという間に時間が過ぎてゆきます。

 

台湾初の国家規模の文学博物館である「国立台湾文学館」は2003年10月17日、正式に開館し、運営をスタートしました。「国立台湾文学館」の建物は百年の歴史を有する国定文化遺産であり、1916 年、日本統治時期の台南州庁として落成されました。建築家森山松之助氏の手がけた西洋歴史建築様式で、台湾総督府及び監察院と共に台湾における有名な建築の一つです。(略)台湾文学館の使命は、台湾文学の発展を記録し、早期の原住民及びオランダ、スペイン、明朝、清朝、日本、戦後などの外来政権統治によるその時代の苦難に満ちながらも、多様に成長して来た文学を保存し、展示することにあります。(国立台湾文学館HPより)

植民者上陸以前の口承文学の時代、鄭氏政権での白話(口語)文学時代、宣教師によるローマ字の普及活動、そして日本統治による日本語教育と戦後の戒厳令……。数年前にリニューアルしたばかりという常設展では、言語や文化の混交(クレオール)の変遷を追い、編まれた文学からそこに込められた意志を読み解くことの重要性を感じられます。

旧台南州庁だったという建物と常設展を、職員の周華斌さんにご案内いただきました。湿気の多い気候ゆえ、レンガ造りの土台には至るところに通気口が空いています。また、展示の漢字をたどたどしく読み上げるだけでとても褒めてくださり嬉しかったです(次回は……!)。

前に来館した時は、詩人の林亨泰の特別展を見たことをお伝えすると、なんとその企画を担当されたのは周さん、さらに林亨泰は現館長の林巾力さんのお父さんとのことで、思わぬ偶然に驚きました。ミュージアムショップまで案内くださりありがとうございました。

写真13 館内は旧州庁の雰囲気と現代的な開放感が混じる不思議な空間。奥に見えるのがショップ、そしてこの地下の階に図書館があります。

 

写真14 文学館外観のマグネットと、白話字デザインの缶バッジを購入。白話字とは、19世紀に宣教師が考案したローマ字による台湾語や客家語の正書法のこと。翁鬧の「夜明け前の恋物語」の冒頭の一文「恋がしたかったのです。無我夢中でした。」が引かれています。この作品は日本語で書かれたものなのですが、前回の常設展で初出雑誌の版面が展示されており、それからずっと印象に残っていたフレーズでした。

 

「世間に文字あり」

特別展「世間に文字在り 台湾人文出版史特別展」では、日本統治期の活版印刷技術の流入と出版社の勃興に始まり、新聞や雑誌での抵抗運動、インターネットの発展を通して台湾出版史を一望出来ます。特別展の様子は、Web展示として文学館HPからも無料で楽しめるので是非ご覧になってください(日本語の解説や音声読み上げ機能まで付いていて感動)。

写真15 呂赫若『清秋』や、西川満が創刊し、1940年代の文芸復興の中心となった雑誌『文藝台湾』などが並びます。その横の『台湾文学』は、芸術至上主義的だった『文藝台湾』に対しリアリズムを主張する張文環が立ち上げた雑誌。

 

写真16 人口一人当たりの新刊点数が日本の3倍という出版大国・台湾。その出版社規模を表した模型がありました。手前には前述の「女書店」、右には「南天」(南天書局、第二回参照)の文字。

 

 

おわりに

台湾出張はこれで全行程、ここまで一社員の書店・図書館巡りの思い出話をお読みいただきありがとうございました。出張記を書くようすすめられたのは帰国後だったのですが、当時のメモや撮りためておいた写真を見ているとこんな量になってしまいました。自分が学生の頃は書店などをまわる余裕はなかったのですが、あの時こんな情報があれば、と想像しながら書いていました。同じように台湾文学に興味がある方、もしくは全く分からないけれどただ観光地をまわるだけでは物足りないかなという方の役に少しでも立てば幸いです。

コロナ禍でコレクションのデジタル化の必要性が見直されるのはどこの国も同じかもしれませんが、民主化運動によって成熟してきた台湾は特に歴史を残すこと、次世代へ価値を繋げることを重要視している印象を受けました。そこには、アイデンティティを形作る大きな要素である言語が、政治的理由により簒奪されたり押し付けられたりしてきた過去も大きく関わっています。

今回の訪問で初めて知ったり、さらに興味を持ったこともたくさんありました。弊社〈ざっさくプラス〉では今後も海外機関との連携をすすめてまいりますので、どうぞご期待ください。

 

○参考文献

・「台湾書店百年の物語 書店から見える台湾」台湾独立書店文化協会編著、フォルモサ書院訳、H.A.B、2022
・「一個翻譯者和台灣獨立書店 「書店本事」の朝聖旅 台北・新北市編」黒木夏兒著、2019
・「台湾を知るための72章」赤松美和子、若松大祐 編著、明石書店、2022
・「講座台湾文学」山口守ほか編、国書刊行会、2003
・「大日本帝国のクレオール 植民地期台湾の日本語文学」フェイ・阮・クリーマン著、林ゆう子訳、慶應義塾大学出版会, 2007