皓星社(こうせいしゃ)図書出版とデータベース

台湾出張記 第2回 史料を残し、視野を広げる 南天書局と台湾大学中央図書館

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楠本夏菜(皓星社)

 

去る2月、大雪の日本を離れ、弊社データベース〈ざっさくプラス〉のご案内のため台湾へ行った際の思い出を徒然なるままに書き残す連載【台湾出張記】。第1回では重慶南路や公館駅エリアの書店をご紹介しましたが、今回は旅行ではなかなか利用まではハードルが高いと思われる現地の大学図書館についてもご紹介します。

 

台湾史研究を支える南天書局

3日目にまずお伺いしたのは、1976年開業という歴史を持つ「南天書局」。台湾大学や台湾師範大学がある公館駅の繁華街を離れ、閑静な路地を入っていくと、板張りの外壁に古地図が印象的な店構えが見えてきます(写真1)。1970年代は、美麗島事件(雑誌『美麗島』主催のデモ活動に対する言論弾圧事件)を発端とする民主化運動が隆盛した時期。1959年に490社だった出版社数が1970年にはおよそ2.5倍の1200社にまで増えたことは、言論の自由を求める当時の状況を顕著に表しており、南天書局もそのような流れの中で誕生しました。

写真1 表には古地図のショーウィンドウと黒字にゴールドの店名が渋い看板が出ているのみで、一見ギャラリーのような雰囲気。

一九七六年に設立された南天書局は当初から台湾史研究の本と歴史資料によって読者によく知られていた。(略)当初、自社出版の文化歴史書籍の数が足りないため、創業者は国内外の台湾史学術専門書をかき集め、英語の本を翻訳したり、専門家や学者に専門書の執筆を依頼した。また、自社でも台湾研究、客家(筆者注・明朝末期から清朝初期にかけて大陸から渡ってきたエスニックグループ)研究、原住民研究などの専門書や古地図を編集、出版し、四十年間の積み重ねで一千冊近くの出版物を出した。(略)南天書局は台湾文化歴史出版の発展に力を注ぎ、学術的価値を有し、その出版に対する態度は極めて堅実である。八冊もの出版物が金鼎獎を受賞し、創立者は二〇〇四年に金鼎獎の「生涯功績賞」を受賞している。(『台湾書店百年の物語』、p109-110)

ホームページを見ると、台湾の歴史・地理・原住民・客家・中国学・芸術・文学といった人文学の書籍を専門に、医薬系や動植物に関するものまで幅広いジャンルを扱う学術専門書店とあります。掲げられた理念は「視野を広げ、世界のさまざまな側面を提示するために、社会にプラスの影響と利益をもたらす書籍を出版すること」。学問と表現の自由を追い求める姿勢がこの理念からも伺い知ることが出来ます。広々とした店内に天井までぎっしりと並ぶ本に圧倒されること間違いなし(写真2)。

写真2 時代や研究ジャンルによって細かく分類された書棚。ここに写っている棚の反対側では、棚最上部と天井の間にも本が詰まっていました。

 

出版とは次の世代へ記憶をつなぐこと

販売とともに出版部門も兼ね備えている南天書局。明〜日本統治時代の古地図の収集・編纂・販売はもちろん、書籍の復刊も積極的に行っています。数ある復刊事業のなかで、今回お伺いする前に気になっていたのは、旧制台北高校の校内誌『翔風』創刊号の復刻! 2012年に2号〜26号の復刻版が出ていましたが、その後幻の創刊号の原本が研究者によって発見され、昨年の台北高校創立100周年にあわせてついに創刊号の復刻版が刊行されたのでした。

写真3 カウンター奥では(恐らく)出版部門の方がお仕事中。店内には静かな空間が広がっています。

お店を案内してくださった方にそのお話をすると、なんと創業者の魏徳文さんを呼んでくださることに……! 日本から来たこと、『翔風』復刻の驚きなどをお伝えすると、日本語で優しく対応してくださいました。独学で日本語を学ばれたという魏さん。日本統治期時代の日本語雑誌目録についてお伺いしたところ、店頭の本棚からさっと目録を出してきてくださり、一つ一つ丁寧に説明をいただきました。

例えば1941年に刊行された『民俗台湾』という雑誌。張文環や周金波といった台湾人作家が日本語の文芸作品を寄せていたことでも有名ですが、〈ざっさく〉では雑誌名で検索すると、デジコレ経由で目次を探すことが可能です。目録は第5巻ですが、全8巻のうちばら売りはしていないとのことで、(あとからでも購入できますというお言葉を聞いて)社に確認を取るため今回は購入断念……。奥付を撮影させてもらうと、出版社と発行人欄にはしっかりと南天書局と魏さんのお名前がありました。他にも『風月』『南方』などの文芸雑誌の総目録・著者索引を一冊にまとめたものや統治期の教育専門雑誌『台湾教育』の目録など、沢山の情報をいただきました。

雑誌の総目次とは別に、個人的に購入したのは、瀟湘神著『殖民地之旅』。瀟湘神さんは台湾の妖怪伝承研究をもとに民間信仰などを題材にした小説を得意とする作家で、最近では日台香の作家がリレー形式で競作したホラーミステリ集『おはしさま』(光文社、2021年)でご存知の方も多いかもしれません。タイトルは佐藤春夫が同作から引かれており、1920年の佐藤渡台経験をもとに書かれた台湾を舞台とする数作品から、100年前の台湾を再発見していこうという試みが見られる紀行エッセイになっています。

写真4 この日購入したのはこちらの2冊。営業初日の1軒目から重すぎる本を買ってしまい鞄にどう詰めようか迷っていると、日本まで国際便での発送もしていますとのこと! 海外旅行では、帰りの飛行機で重量オーバーから追加料金が必要になることもあるので、特に本など発送できる場合はお願いするのがベター。

 

余談ですが、佐藤は当時の台湾に残る伝承や政治状況を日本人という植民者の立場から鮮明に描いた数少ない作家で、渡台100周年の2020年には国立台湾文学館で特別展が企画されるなど、近年台湾でも注目されています。私は学生時代、佐藤の台湾作品を研究していたのでこの企画展にもとても興味があったのですが、ちょうどコロナ禍で海外への行き来が困難な時期でもあったため、この展示の存在を知りパスポートを前に悔し涙に暮れた日は昨日のことのように思い出せます。

 

国立台湾大学の中央図書館へ

お昼を食べ、午後はすぐ近くの国立台湾大学へ向かいます。台大の前身は、統治期の1928年に設立された台北帝国大学。当時日本内地の帝国大学の管轄が文部省だったのに対し、この台北帝国大学は台湾総督府管轄下でした。理農学部と文政学部の二学部から始まり、主に米の品種改良研究が進められていた名残から、キャンパスはとにかく広大です。語学留学生だけでなく、現地の学生もキャンパス内に併設された宿舎で暮らしているのも日本の大学生活とは異なる点です(写真5)。

写真5 トラック、体育館、コート全てに沢山の若者の姿が。

 

公館駅前の正門から入ると、中央図書館まで続くのは椰子の木がずらりと立ち並ぶ、気の遠くなる程長い一本道! ちょうどこの日が後期開始ということもあり、図書館の前では編入生らしき学生の皆さんが写真撮影をしているところでした(写真6・7)。入り口でパスポートを提示すると、学生でない海外からの旅行者でも館内を見学することが可能です。

写真6 「椰林大道」と呼ばれる正門から図書館までの道はこんなにまっすぐ。横道に並ぶ建物は統治期時代の面影を残しています。

 

写真7 中央図書館はこのような外観。今回は見学できなかったのですが、社会科科学院の図書館はうってかわってモダンなデザインのようです。

 

特別コレクションを見学

台大の特別コレクションはこの中央図書館の5階に所蔵されているそうで、早速ご案内いただきました。(写真8)。

写真8 5階では検索用のPC台を中心に、吹き抜けを囲む形で台湾研究や寄贈の文庫、特別コレクションなどが陳列されています

 

コレクションは大きく分けて台湾・日本・東南アジア・アジアの4つがあり、詳細を記したパンフレットをいただいたので、以下幾つかをご紹介します。

A 台湾研究

淡新檔案……『淡新檔案』は清朝乾隆期〜光緒期の、淡水・台北・新竹の公文書。19,000点にも及ぶ大規模な資料で、清朝台湾及び近世中国の法律制度や行政を調べる上で貴重なもの。

岸裡大社文書……中部の平埔族の首長・潘家に残された『岸裡大社文書』。司法関係の抄本や土地開墾契約書、借銀・借穀の領収書などがあり、当時の台湾中部開拓史や民族史、土地制度の研究に用いられています。

磯永吉文庫……磯永吉(1886〜1972)は、総督府の農業試験所長・台北帝大の教授として、蓬莱米育成に力を注ぎました。キャンパス南部の農学部棟の近くには現役の農業試験場や磯永吉の名前を冠した家屋(当時の研究作業室で、台北市指定の史跡)が残っています。

伊能嘉矩文庫……人類学者・民俗学者として統治期初期に渡台し、原住民の総合調査を行った伊能嘉矩(1867〜1925)は、膨大な実地調査メモを残しました(写真9)。余談ですが、遠野出身の伊能は柳田國男とも交流があったそうで、伊能の死後、その遺稿は柳田の尽力により『台湾文化志』として刊行されたと言います。

写真9 伊能嘉矩の収集印が捺された資料。横には図書館の所蔵印も。

 

B 日本研究

歴代寳案……『歴代寳案』は、1424年〜1867年までの琉球首里政府と中国や周辺国との外交文書を集成したもの。原本は地震や戦争により焼失してしまいましたが、現在所蔵されている249冊は台北大の小葉田淳という教授が先んじて写本作成を依頼していたこともあり、現存する写本の中でも非常な貴重なものとのこと。

桃木文庫……神戸・桃木書院図書館の創立者である桃木武平(1858〜1929)の蔵書の一部を購入し展示しています。特に『日本書記』円威本は保存状況も良いそう。中央図書館に所蔵の和装本の大半は江戸期の刊本・写本ですが、このような15世紀中葉の写本も少ないながらあるそうです。

C 東南アジア研究

主として統治期時代の〝南支南洋研究〟の関連資料。フィリピンの方言や歴史地理、民俗学文献が充実の、オットー・シェーラー(マニラで教職についたドイツの言語学者)の蔵書などがあります。

D アジア研究

B・Cに属さないアジア、つまり韓国、モンゴル、旧満州、新疆、チベットなどの資料がこれにあたり、台北帝大時代の東洋史学講座の図書も含まれます。

 

デジタル資料の充実度がすごい……!

これらのコレクションは、ただ収集して分類というだけでは終わりません。コロナ禍を契機に一気に資料のデジタル化プロジェクト(一覧はこちら)が進んだそうで、先の紹介でリンクを貼っているように一部のコレクションは学外の利用者も(国外の日本からでも!)一次資料までアクセスすることができます。

さらに、他館との連携にも注力しており、例えば『臺灣日治時期統計資料庫』は国立中央図書館台湾分館との協力により、両図書館が収集した、土木・水産業・交通・司法などあらゆる分野における日本統治期の統計資料がアーカイブ化されています。(図1・2)。

図1 左の項目のうち「気象」を見てみると、当時の観測所や年間平均気温、風速、地震の回数などまで丸分かり。

 

図2 1902年当時の台湾における年間平均気温まで判明しました。1月でも14℃以上あり、さすがの(亜)熱帯気候。

 

また、当時の様子をうかがう資料として用いられるものに、旅行用の絵葉書があります。『日治時期繪葉書』(台湾ではポストカードを「明信片míngxìnpiàn」といい、あえて日本語でのDB名になっています)では、台湾各地の景勝地や史跡、生活の風景をビジュアルとして知ることができます(図3)。しかし、これらが植民者の眼差しのもとにあり、政治的プロパガンダの文脈と切り離せないものであることは常に意識する必要があります。

図3 台南・安平古堡の絵葉書。この頃はゼーランディア城(熱蘭遮城・安平古堡)とプロビンティア城(赤崁楼)の呼び名が混在していましたが、煉瓦造りの様子から安平古堡と思われます。データベースでは、絵葉書内の日本語もばっちりフルテキスト化されていて感動。繁体字での当時の概要付きです。

 

とにかく売り物が多い! 墊腳石 許昌店

陽も落ち、食事できるお店を探しながら台北駅南側の繁華街を歩いていると、一際明るく大きな書店を見つけました(写真10)。入ってすぐの右手には日本のチェーン書店にも負けず劣らずの量のコミックコーナーがあり、日本でもよく見かけるタイトルがずらりと並んでいます。どのような翻訳がされているか、すでに日本版を持っているコミックを選んで1冊買ってみたのですが、まず気になったのがサイズの違い。比べてみると繁体字版の方が一まわり大きい判型でノドに余裕があったため、(束があるタイトルなこともあり)日本版よりかなり読みやすく感じました。日本版もこのサイズにして欲しい。

この『墊腳石』、1994年に設立され、台北市中南区に11店舗を展開しているそう。書籍だけではなく文具、生活雑貨、アクセサリーなどの取り扱いもあり、階段の壁や手すりにまでびっしりと商品が並んでいます。イメージとしては書店+百円ショップ、といった感じでしょうか。上の階には語学や参考書のコーナーがあり、夜遅い時間にもかかわらず学生が一生懸命本を選ぶ姿も。自分用にコミックを買う時、前後に参考書やTOEICのテキストを持った学生さんが並んでいて、何だか気恥ずかしくなりました。

写真10 入り口には傘も販売中。垂れ下がるイルミネーションが眩しく賑やかな印象です。

 

おまけと次回予告

本来は今回で終わらせるつもりだったのですが、3日目のここまでで結構な文字数になってしまったため、4日目以降に回った施設は次回でご紹介したいと思います。個人的に思い入れのある書店やデータベースについて語ってしまい、ついつい文量が嵩んでしまいました。私が学生の頃は、総督府の穀物輸出の統計や外地での絵葉書などについて、デジコレや他大学から取り寄た書籍を開いて一冊ずつしらみ潰しに調べていたのですが、台湾大のDB類をご案内いただきながら、これさえあれば……と何とも言えない気持ちに襲われたのはここだけの話。次号では、フェミニズム系書店・女書店や国立台湾図書館、そして台南の国立台湾文学館をご紹介する予定です。……終わるかな?

出張に際し、個人的に独立系書店を回るルート選びに非常に参考になった『台湾書店百年の物語 書店から見える台灣』(H.A.B)の刊行記念イベントが、田原町の書店・Readin’Writin’BOOKSTOREにて開催中、というのを最近知りました。まだ行けていないのですが、書店ガイドの販売や写真の展示も沢山あるようなので、終わる前に一度はのぞいておきたい……(前回から引用しまくっていますが、H.A.Bさんの回し者ではありません)。

さらに、先日の文学フリマ東京36へ行った弊社・河原に、黒木夏兒さんの『一個翻譯者和台灣獨立書店』の台北・新北市編と桃園・高雄・台中+α編を買ってきてもらいました。こちらも存じ上げなかったのですが、興味がありそうだったから、とお土産をもらった次第です。好きなものについて普段から大声で話しておいて良かった! 目次を拝見すると、番外編として誠品書店や紀伊國屋書店などのチェーンや図書館の項目もあり、これから中身を読むのが楽しみです。