皓星社(こうせいしゃ)図書出版とデータベース

台湾出張記 第1回 台北の書店を巡る 天龍図書、唐山書店、欒樹下書房

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 楠本夏菜(皓星社)

幸會xìnghuìTAIWAN

先月、弊社データベース(DB)〈ざっさくプラス〉のご案内のため、一週間ほど台湾へ行って来ました。弊社刊『調べる技術』でもお馴染みの〈ざっさくプラス〉は雑誌記事の検索からコピーまでをワンストップで出来るDBで、おかげさまで国内だけでなく、北米をメインに海外の多くの大学・研究機関でご利用いただいています(図書館・研究機関様向けの1ヶ月無料トライアルもございます)。しかし、アジア圏での導入機関はまだ多くなく、今回はその市場調査の第一段階として台湾を選びました。

実はこの〈ざっさくプラス〉、日本国内だけでなく、戦時中植民地であった台湾・朝鮮を含むいわゆる「外地」で刊行された雑誌の目次も一部収録しているということはご存知でしょうか? 今回は、〈ざっさくプラス〉に今後追加していきたい雑誌の検討も兼ねて現地の書店や図書館を沢山訪問して来ましたので、街の様子と共にその雰囲気を読者の皆さんにもご紹介出来ればと思います。

写真1 桃園空港の“TAIWAN”モニュメント。

 

漢字さえ分かれば沒問題

渡台は今回で二回目。とはいえ飛行機のチケットとパスポートがあれば何とかなる! という訳ではなく、コロナ禍により以前より必要な手続きが増え、行くまでの準備ですでにへとへとに……。条件も日毎に目まぐるしく変わり、今回訪れた2月中旬の時点では、入国後の簡易検査実施義務は撤廃されていました(3月からはより制限が緩和され、自主的防疫は不要になったようです)。Visit Japanの登録や接種証明書の用意など、日本への帰国手続きは諸々事前準備が必要なので、海外へ行かれる方は要チェックです。

桃園空港に到着した日の気温は25度超え。飛行機からボーディング・ブリッジに降りた瞬間、日本の梅雨真っ只中でもここまで感じられないだろう、という程の亜熱帯特有の熱い湿気に出迎えられました。空港からはMRTに乗り、台北駅へ向かいます。メトロやバス、鉄道の移動に便利な「悠遊卡」というICカードがありますが、チャージ機では投入額が全てチャージされてしまうので注意が必要です。空港直結の駅で前に並んでいた日本人の女性が困っていたので尋ねると、お釣りが出ないことに困惑していました。その場合、駅員のいる窓口や、市内であればコンビニへ持っていくと指定の額でのチャージが可能。チャージ機には日本語の音声案内がついているので、中国語が分からなくても沒問題méi wèntíです。

台北駅舎1階は、東西南北の入り口から真っ直ぐ通路が延びる、旅行者でも分かりやすい構造です。中央は写真のように(写真2)大きく展けた吹き抜けになっており、白と黒に塗り分けられた床には等間隔で座り込む人々の姿も。皆に倣いここに座って、「洪瑞珍三明治」というポピュラーなチェーン店のサンドイッチを食べました。初心者向けの中国語教本にあった「三明治」(サンドイッチ、読みはsānmíngzhì)という単語を見つけて心が踊ってしまっただけなのですが、明治時代に由来がある……訳ではなく、外来語に漢字を当てたものだそうです。漢字という表意文字の性質を知っていると、こういうところでまず深々と意味を考えてしまうので面白いなあと思います。

写真2 台北駅コンコースの床には、様々な言語で「スマイル」と書かれています。

 

二階にはフードコートがあり、吹き抜け下のロビーを眺めながら食事をとることが出来ます。夜は外壁が色とりどりにライトアップされ、駅そのものが観光地のようでした(写真3)。おかげで道に迷ってもすぐに見つかるので方向音痴には大変ありがたい目印です。

写真3 目の前には大きな噴水。地下街には「水景広場」という休憩コーナーもあり涼やかです。

 

書店街・重慶南路

出張前にご相談していた先生たちが同じ時期に台湾に来ておられ、この日は現地の書店巡りに同行させてもらえることに。写真3にも見える正面出口から道を挟んですぐの地域、重慶南路には外資系の大きな百貨店やホテルもあり、夜でも明るく賑わっています。この周辺は予備校が多く(写真4)、書店も多く並んでいるのが分かります。自転車やバイクが行き交う中、さっそく散策開始。舗道は段差が多く、上下への移動が階段のみの書店も多いため、しっかり回るならリュックにスニーカーがベストです。

写真4 学生・社会人向けの予備校のネオンが眩しい駅前ビル。奥には寿司チェーンの看板も。

 

日本統治期から始まる台湾書店の歴史をまとめた『台湾書店百年の物語』(台湾独立書店文化協会編、H・A・B、2022年)を見ると、この重慶南路には1910年代、在台日本人が経営する新高堂にいたかどう(注1)という最大手の書店があったそう。新高堂は総督府からの援助により当時の書店業界を牽引する存在であり、現在書店街と名高い重慶南路の土台が100年以上前に既に出来ていたことがうかがえます。書店の数は1960年代には44軒に増え、インフラ整備も進んだ最盛期の1970年代には独立系の書店を含め85軒もあったとされています。

■黎明文化公司

台北駅から大通りを歩き始めてまず最初に見つけたのは「黎明文化公司」という書店(写真5)。HPによると1971年設立、書店業だけではなくエッセイや哲学・自然科学・歴史分野の専門書など幅広いジャンルの出版部門を持つ会社のようでした。広々とした店内にはカフェも併設され、閉店間際の20時でもゆったり過ごすお客さんの姿が見られました。予備校が近いだけあって、試験用の参考書やビジネス書なども揃っています。

写真5 右下の建物イラストは国立台湾博物館(前身は台湾総督府博物館)。

 

■天龍図書

同じ通りをさらに進むとあるのが「天龍図書」。台北や台中に二店舗を構えるうち、ここは旗艦店とのことで、床面積の広い空間にぎっしりと本が詰まっています(写真6)。写真をよく見ると、何か気付きませんか……?

写真6 並んでいる本の漢字に注目!

 

この書店の特徴は、台湾でありながら繁体字ではなく簡体字の書籍を専門に扱っているところ。台湾では2003年から中国で出版された簡体字書籍の輸入制限が開放され(注2)、今ではこのような簡体字専門店も増えています。メインフロアから扉を隔てた路面側には、高校生向けの簡体字書籍フェアが展開されていました(写真7)。店内の掲示は繁体字ですが、置いてあるものは簡体字という不思議な空間。また、猫をテーマに編まれた日本人作家のアンソロジーもあり、日本・中国・台湾、どの国でも猫は共通して魅力的な生き物なのだな、としみじみ感じました。支払いは中国での人民元価格を台湾ドルに変換して計算してもらいます。

写真7 学生向けの簡体字書籍を紹介中。

台北駅から中山堂を見ながら西門エリアへ。中山堂は台北公会堂とも呼ばれ、台湾総統府庁舎の移転後、その跡地に建てられた迎賓施設です。旧正月15日の元宵節シーズン名物のランタンフェスティバルの開催地が今年は台北だったこともあり(開催地は毎年異なります)、中山堂前広場をはじめ街中が煌びやかな装飾で溢れていました(写真8・9)。西門エリア(写真10)は日本の原宿、韓国の明洞のような繁華街。歩行者天国も多く、コロナ以前には露店がもっとあったそうですが、それでも買い物客やパフォーマー、見物する人々でごった返しており、夜ながらものすごい熱気に飲み込まれてしまいそうです。

写真8 人口密度が高く、車<スクーター文化の台湾。事故現場も見かけたので、横断歩道を渡る際は必ず信号を守ること!

写真9 名前の由来は孫文の別名「孫中山」。

写真10 西門駅前は夜8時以降とは思えない人出!

 

注1 新高堂や当時の流通の様子については、日比嘉高「外地書店をおいかけるーー台湾・新高堂の誕生」(文献継承、金沢文圃閣)にも詳しく書かれています。

注2 和泉司 × 赤松美和子「東アジア100年の歴史がわかる国、台湾――もう一つの漢字圏 台湾の文学 (後編)」、2013年5月14日

 

台湾大学のある公館駅エリアへ

MRTで公館駅まで移動すると、ここも夜にもかかわらず若者が多く行き交っています。それもそのはず、公館駅は台湾最大の国立大学・台湾大学の最寄り駅。台湾師範大学や台湾科技大学といった大学もあり、この付近も書店、特に独立系書店が軒を連ねるエリアです。

■唐山書店

この日最後に案内していただいたのは「唐山書店」(写真11、この日写真を撮るのを忘れていたので、翌日明るい時に撮影し直しました)。写真右手の入り口から階段を降り、地下にある店舗を目指します。廊下の壁には中国語や韓国語のポストイット、ステッカー、イベントのポスターなどが所狭しと貼られています(写真12)。

写真11 台北国際ブックフェア(2023/1/31〜2/5)に合わせた格安セールの看板が出ていました。「ブックフェアに行く時間が無い人のために」とあります。

写真12 ポストイットでの抗議運動。

唐山書店は先に挙げた『台湾書店百年の物語』でも、戒厳令下の1980年代に反動的に生まれた「台湾独立書店のランドマーク」として紹介されており、行ってみたかった書店の一つでした。80年代は、中国から密かに持ち込まれた簡体字の西洋思想書籍が大学を中心に伝播していった時代。しかし高価な書籍は学生には手が出しにくく、それを商機ととらえコピー版や翻訳出版を始めた時代でもありました。唐山書店のオーナーもその潮流にのった人物だったのです。

 

「盗賊にも信念がある」と言うべきだろうか。陳隆 (筆者注・唐山書店店主)は洋書の「海賊版ビジネス」に身を投じるも、マイナーな人文社会の分野だけを選んだ。それは彼がその分野を専攻していたこととも関係するが、もう一つの理由には、社会的弱者への関心があった。(略)その後、唐山出版社が唐山書店を開業し、彼は思う存分様々な左翼書籍、異議を唱える学生出版物、批判性の強い雑誌を店内に並べ、出版や取次にまで協力した。当時、芽生え始めた学生による社会運動にとっては理念を広める手段ができ、さらに多くの学生に台湾が抱える数多くの社会問題を認識させることができた。(『台湾書店百年の物語』、p167-168)

 

HPでは、学生に新しい知識と発表の場をもたらしたと同時に警察の標的にもなり、工作員の検閲や押収も経験したこと、また1987年の戒厳令解除でようやくその監視対象から除外されたことが自社紹介として書かれています。

店内は単行本の他、自主制作のZINEやCDなどが並んでおり、店内BGMはJ-POPメインでどきどき。初日だったためその時は気づかなかったのですが、今振り返ってみると歴史・社会問題を扱ったZINEが多くあったように思います。この書店では、絵本と東アジアの現代フェミニズムアートを特集した雑誌、国立台湾歴史博物館刊行の二・二八事件特集の刊行物、そして2019年の様々な「勇気」をテーマにした香港のZINEを購入しました(写真13)。

写真13 絵本特集の表紙は赤羽末吉の『おおきなおおきなおいも』(福音館書店)。懐かしくて思わず買ってしまいました。

 

昼間の大安区を歩いて紫藤廬へ

初日はあっという間に夜になってしまったので、翌日も同じく台湾大学のある大安区へ向かいます。この日は「紫藤廬」という茶館(伝統的なカフェ)で別の方と待ち合わせです。手前の駅で降り、街の様子を感じるため徒歩でスタート。曇天だった昨日が嘘のように晴れ上がり、ものの数分で滝のような汗が流れます(写真14)。

写真14 街の至る所にガジュマル(榕樹)やバオバブ(猢猻木)が繁っています。木陰を選んで歩きます。

 

■欒樹下書房

途中偶然見つけたブックカフェは「欒樹下書房」という名の通り、緑が溢れる素敵な店構えが特徴(写真15)。食事はせず見るだけでも良いか、となんとかジェスチャーで伝えると笑顔で快諾してくれ、荷物でいっぱいのリュックを見かねて「ゆっくりどうぞ」と荷物置きの椅子まですすめてくれました。店の入り口に「文学的温州街」(筆者注・温州街はこの付近の呼び名)「昭和町」というポスターがあったのを思い出し調べてみると、ここは日本統治時代、台北帝国大学(現台湾大学)の教員宿舎が並び、多くの知識人が集まる「昭和町」というホットスポットだったことが分かりました。

写真15 沢山の鉢植えに囲まれて、ベランダ席でお茶できる貴重な書店。ただし日焼け止め必須です。

 

写真16 木製の棚で揃えられた店内も柔らかな雰囲気です。この書店に限らず、台湾では村上春樹を筆頭に日本人作家の翻訳も多く並んでいました。

 

 

約束をしていた方と紫藤廬で合流。開店時間の11時半を前に、すでに行列が出来ていました。覗くと中庭には大きな藤棚や鯉の泳ぐ池があり、とても素敵な雰囲気です。聞くと戦中は台湾総督府の官舎として使われていたこの建物、集会が禁止されていた戦後の戒厳令下では表向きはカフェとして経営され、文化人の意見交換の場、そして民主化運動の拠点としての機能を果たしたそう。1997年には台北市市定古蹟に指定され、今では多くの観光客が訪れる茶館です。食後のデザートと台湾茶がセットになった定食はなかなかのボリューム。(写真17)。「チョコレート味です」とデザートに黒いお餅が出てきたのですが、食べてみると味は胡麻団子で、結局真相は謎のままです。

写真17 食後には阿里山金萱茶をいただきました。ランプなど店内の調度品にも注目です。

目に染みる熱帯気候の緑

店を出て台湾大学の方面へ向かう道のあちこちには榕樹が生え、学生が一休みするカフェのテラスに心地良い影を投げかけてくれます(写真18)。カフェの裏手には周辺の大学に勤める教職員用のアパートが並んでいますが、たまたま目に留まったこの看板もかつて台湾大学の中国文学科で教鞭をとっていた台静農という人物の旧居(写真19)。大陸に生まれ魯迅の下で文学を学んだ台静農でしたが、その後政治犯と見なされ台湾へ亡命、台湾大で20年の任期を務めました。看板には大学のロゴが見られ、修復作業の途中のようでした。

写真18 大学生のためのお洒落カフェが並ぶエリア。この辺りの木もすごい!

写真19 大学が中心になって修復作業をしているので、有名な建物なのかと思い撮影。正体は有名な文学者の家でした。

また、セブンイレブン(小七)やファミリーマート(全家)といったコンビニも多く見かけました。こちらのセブンイレブン店舗には、博客来という台湾最大手のインターネット書店の棚がありました(写真20)。どちらも統一超商を親会社に持ち、博客来サイトで注文した書籍はセブンイレブンで受け取ることが出来ます。博客来は日本在住でもアカウント作成・配送共に可能なので、繁体字の書籍を購入する際にはとても便利です。

写真20 書店のショーウィンドウと思いきや、セブンイレブンの一角。

 

次回予告

二日目はこの後別の書店に行ったり(不運にも勉強会中ということで閉店していました)、日本のアニメ映画を中国語の吹き替えで鑑賞してみたり、台北駅の地下で迷子になったりと濃厚な一日でした。街はどの風景を撮っても絵になるので、思い出と一緒にどんどん載せてしまい今回は一週間のうち二日目までしかご紹介出来ませんでした! という訳で、次号は国立台湾図書館、台湾大学総合図書館などをお伺いした際のことを書きたいと思います。どうぞのんびりお付き合いください。