皓星社(こうせいしゃ)図書出版とデータベース

第11回 レファ協DBの読み方――事案を事例として読み替える

小林昌樹(図書館情報学研究者)

1 はじめに

■うまく広まらなかったレファレンス業務

帝都東京が焦土と化して3年。アメリカから2人の一流図書館人――クラップさんとブラウンさん――がやってきて、国会図書館【図1】の業務をイチから全部、再設計をしてくれた際、「あんたらの国の図書館って、なってないなぁ。調べ物のための国立図書館を作りな。ついては、国民向けレファレンス、議員向けレファレンスを担当する部局を中心にしなよ」(要旨)とメモを書き置いて帰っていった。

【図1】日本の国会図書館

 

議員向けはまァうまく回ったのだけれど、国民向けはパッとせず――だから2011年に部局としては廃止――他の図書館にもレファレンス業務はいまひとつ広まらないまま戦後70年来てしまった。なんでか?

その一つの要因にNDLの国民向けレファ部門で蓄積された――100人弱が70年やった――ノウハウが、うまく業界や利用者に広まらなかったことがある。

 

■レファレンス事例のDB

さて、今回はレファレンス協同データベース(レファ協DB)の事例をどう読むか。このDBは、NDLや各図書館で行われたレファレンス事例を登録して、ノウハウの共有に役立てるため2002年からNDLがやっているものである。ひとことで言って、レファレンスの事例DBである。レファレンスというのは、ここでは図書館で行われる参照作業のことで、ヤフーQ&Aみたいなもので、Answerするのがほぼゝゞ司書であるもの。Q&Aの記録以外にも、調べ方マニュアル(業界語でlibrary pathfinderという)、特別コレクション紹介文、参加館プロファイルのデータもあるが、それらはおまけデータと考えてよい。

 

■「同じことは、二度と聞かれない」――一回性の再現性?

2002年に開始して20年、事例が積み上がるのは良いけれど、レファレンス業務に関して理事者、納税者からよく出る批判のひとつに「ただのトリビアに税金を使って!」とか「その人にしか役立たないんだからただの給付行政でしょう(だから課金すべき)」というものがある。実は、レファ協の記録が、ただ一回こっきりの記録で終わってしまえば、その批判が当たってしまう。ある同僚がこう言ったことが忘れられない。「同じことは、二度と聞かれない」。

たとえば「昭和前期に道具商だった小林鉄次郎について」のQ&Aがあったとして、それはおそらく日本沈没まで二度と聞かれることはない。なぜって、歴史の闇に消えていく庶民、私の曽祖父だから。

何を言いたいかというと、ただの一記録、一事案が、事「例」として読めるような読み方をしないといけない。そうしないと、せっかくのレファ協もパッとしないままになってしまう。そこでここでは、割に詳しめに書かれた事例を読んで、そうならないための読み方のポイントを探っていきたい。

 

2 事例「大明堂(だいめいどう)という出版社について」

こんなQ&Aが登録されている。2014年の事例だ【図2】。

【図2】1)大明堂(だいめいどう)という出版社について何かわかる文献や論文等はないか

 

 

ざっと回答文の全体を見ると、1) 出版社「大明堂」について、インターネット・アーカイブに残る社の公式HPと、『出版社調査録』という、とある興信所の出版物が参照されている。また、2) 創業者の神戸文三郎についての記述が載っている紳士録、専門人名辞典、業界人列伝(「人物文献」という)が列挙されている。さらに「その他の調査済み資料」が延々と16点ほど列挙されている。

大明堂なんて知らないし知る必要もない、のはむしろ当たり前。しかし、そこそこコストをかけて作られているこの事案、これどのように読めば事例になるのだろうか(以降の記述は別ウィンドウで当該事例を見ながら読んでいただきたい)。

 

3 Questionの読み替え 一段階抽象化法(固有名詞の普通名詞化)

これは回答文のほうにあるインターネット・アーカイブの公式HP【図3】を見ればわかるのだが、大明堂は大正期に創業し、戦前は受験参考書で有名だったらしい。戦後は地理学の専門書で鳴らしたとある。

【図3】大明堂公式HP(インターネット・アーカイブ内保存)

 

 

こういった事案は、一段階抽象化して読み替えないといけない。ここでの具体的方法としては、固有名詞の普通名詞化である。「大明堂について」ではなく、「戦前創業した中堅出版社の社史について」と読み替えるのである。他の読み替え法もあろう。例えば「近年廃業した出版社の社史について」でも良いだろうし、「昭和後期、中堅出版社の業績を知るには」でも良い。調査のベテランはこういった事例に接するたび、もちろん「大明堂は戦前からの中堅出版社ね」というトリビア知識をためると同時に、「ああ、戦前の中堅出版社(で社史のないものを)調べるにはこうすればいいのかぁ」と半ば無意識的に考えている。さらに出版社でなく、中小企業一般の社史の調べ方にシフトして考えることもできよう。

 

4 Answerの読み方

■「1)大明堂という出版社について」の部分

調べの担当者はネットやら珍しい興信録やら、非売品そうな団体史やらを見ているが、それを憶え込む必要は、実はあまりない。この回答文ではむしろ「〈〉」でまとめられたそのまとめレベル、グルーピングに注意しないといけない。実はここには担当者が見たものが4つにグルーピングされている。「ん? 1)には〈〉が2つあるだけじゃん」と思ってはダメである。よく全体を見ると「〈会社概要がわかる文献〉」として、丸之内興信所の「調査録」が並んでいるが、その前に会社の(失われた)公式HPが2頁、その後に業界団体の出版物が2点挙げられている。その後に「〈新聞記事〉」が2点ある。

つまり1)の回答には、a. なんとかして失われた公式HPからページを見つけてくる、b. 業界にありがちな興信録を探してその記述を見る、c. 業界団体出版にその会社の記事を探す、d. 業界紙の廃業記事を探す、といったノウハウが隠れているのである【図4】。

参照されているレファレンス・ツールを個々に憶え込むのは本物のノウハウではない(正確には、ノウハウのコアでないというべきか。自分が使えば自然に憶えられるのだが、憶えておくに越したことはない)。従来、司書課程の教科書でも、あるいはノウハウ本でも、個々の便利なツールの紹介(専門的には「解題書誌」という)で終わってしまっているものが多く、実際の用例(使った際の使い方)とセットで説明しないと、あまり意味がないのである。

【図4】 【図2】の続き

 

■1)の補足1 回答の論理的な穴を埋めてみる

さきに「a. なんとかして失われた公式HPからページを見つけてくる」と書いたが、「なんとかして」というのは、レトリックでごまかしていることにお気づきいただけただろうか。インターネット・アーカイブはもともと検索機能が一瞬ついたがずっと無く、近年新しく直接検索できるようになったが、いま実際に「大明堂」で検索しても公式ページがうまくヒットしない。もともと同アーカイブはURLで保存ページを表示させるものなのだ。では担当者はどうやって大明堂公式HPのURLを探しだしたのか? 回答文に書かれていない。

当たり前の話だが、出版社のような社会的な存在が一定程度ネット時代に活動した場合、現在ネットで参照可能などこかにURLが残っていそうなものである。それが個人のブログか、2ちゃんねる改め5ちゃんねるか、twitterかfacebookか何か、Googleのキャッシュか、この際、何でも良い。どれでも良いのでそれらしきURLをゲットしてインターネット・アーカイブにお伺いを立ててみることになる。2000年代前半までさかんに作られたネットのリンク集――例えば出版社系の――を見つけられれば、そこにURLがあるかもしれない。

公式HPをゲットできれば、その団体の公式な見解を見つけたことになる。大明堂の場合、読みが「だいめいどう」でなく「たいめいどう」であることが、公式HPのURLローマ字から判明したというわけ。戦前の事柄は公式HPでも曖昧なことが多いが、少なくとも戦後の読みは公式HPにしたがっておいていいだろう。

回答末尾の「〈新聞記事〉」2点も、よく見ると一般新聞紙でなく業界紙である。業界紙は一括検索できないことも多く、この記事は先立って大明堂の廃業年月をHPからゲットしておいて、その年月の業界紙を「根性引き」(通覧とも)したと考えて良いだろう。

 

■1)の補足2 回答の時代的制約を考える

レファ協で事例を読む際に注意が必要なのは、回答が書かれた年代である。大明堂の例だと2014年で、今から8年ほど前だ。十年一昔というが、そこそこ前。これくらいのタイムスパンがあると状況が変わっているかもしれない、と考える。Questionが変わるというよりも、Answerに使ったツール(tool)の状況が変わっている可能性が大なのだ。何かこう、画期的なツールが出来ているのかもしれない、ぐらいのことはちょっと気にかけておく。そういえば、前回、緊急で書いた「次デジ」。あれは戦前図書の横断索引(日本版Googleブックス)なわけなので、戦前出版社を調べるのにも使っていいだろう、と思い出すべきである。

画期的でなくともちょこっと便利なツールは開発されてはいないか……。実は「〈会社概要がわかる文献〉」の興信録の部分、ここに開発の手が入り、次の復刻セットが出版されている。

石川巧編・解題『高度成長期の出版社調査事典』金沢文圃閣、2014-2016 全部8冊

この1冊目に全8冊の横断索引がついているので、それを1回引けば、レファレンス担当者よりやや広く同種の資料を引いたことになるはず。こういった特殊すぎる資料は、例えばタイトル「出版社調査録」や出版者名「丸之内興信所」でNDLサーチなどを検索すると、復刻セットに収められている場合に発見できる。

 

■「2)大明堂の創業者、神戸文三郎(かんべ・ぶんさぶろう)ついて」の部分

こちらは会社史というより人物調査ということになる。1) と異なりほぼ全部、「〈〉」でグルーピングされていて、新聞記事、一般紳士録、専門的事典類、専門年鑑、専門家列伝といったものを探して人物情報が見つかったものを挙げている。

おそらく最初に『出版文化人物事典』を引いて没年(1962年)をゲットしたのだろう。歴史的な人物調査において、キーワードは実は没年月なのである。『出版年鑑. 1963年版』を引けたのも、没年が予めわかっていればこそ。この回答文では挙げられていないが、没した月がわかれば、専門業界紙を見るといったこともできるはずである。

 

■「その他調査済み資料」

一般にレファレンス回答文についている「何を参照したかリスト」は、形式的には「特定の本をボクは見たよ。アナタはもうそれを見なくていいよ」ということを知らせているかのように思われている。しかし、その実、そうそう単純に受け取ってはいけないのだろう。

一つには、前回の索引の引き方でも言ったが、前任者が「引き損なう」場合がある。見たが載っていなかった、といったリストを見せられた場合、個々のレファレンス・ツールの使い方の難しさや、引いた人のスキルや忙しさなどを勘案して、いくつかのものは自分でも引いてみる必要がある。

もうひとつは、どのような探索戦略を前任担当者が採ったのかを読み取る手がかりとして読んでみることだ。これは関係情報が見つかったとして1) 2)に挙げられているものも含めての話だが。

ここに列挙されているツール類を見ると、まず、戦前から検索できる一般新聞のDB、雑誌記事索引の類は一通り引いていることがわかる。

また、いわゆる「人物文献」の索引類は一通り引きましたよ、ということが書かれているように読める。有名な『日本人物文献目録』(平凡社、1993、これはジャパンナレッジでも引ける)をはじめ、人物文献索引なのか、人名事典の解題書誌なのかイマイチ性格付けがはっきりしない「日本人名情報索引(人文分野)データベース」も検索されている。

 

■事案を事例として読む(まとめ)

かなり懇切に書かれた回答文をたたき台に、どのように読めば、事案を事例として読んだことになるのか見てきた。

質問を、ただ漫然と「いつかどこかのナントカ堂について」と読んでは、そもそもコストをかけて回答文を書くこと自体、無意味になってしまう。実際、2000年前後までいた旧レファレンサーたちは、レファ協といった事例共有手段がないので回答文はなるべく短く、載っていたものだけを書いていたらしい。現場としてはそれも一つの対応法であろうが、それだけに終わってはこの先の発展はおぼつかない。

質問部分は常に、一段階抽象化して読みたいものである。

回答文については使ったとあるレファレンス・ツールをグルーピング化して読むと、その担当者の「検索戦略」が読めるようになるのではなかろうか。今回たたき台にした回答文は、あらかじめツール類が「〈〉」で囲われているなど、こんなものは例外で(これは私がかつて書いた回答文だ)、ふつうはもっと漫然とツールが列挙されているのでこちらが読み込んでいかないといけない。

逆に言うと回答文をここまで丁寧に書くのは、市町村立の現場では現実的でないが、実際にこういった調べを繰り返していると、サクッと次の【図5】ような「調べ方案内」が書けるようになるかもしれない。って、なんだか在野研究者向けでなく司書向けっぽくなってしまった……。

【図5】出版人を調べる(NDLリサーチ・ナビ>調べ方案内>出版・ジャーナリズム・図書館情報学>出版>)

 

 

上記のような「調べ方案内」は、たまたま自分の調べたい主題、ジャンルに合致するものがあれば役に立つだろうが、むしろ、ないことのほうが多いだろう。その場合はやはり、関連事例を探して、今回説明したようにちょっと読み込んで見ることになる。

 

■レファ協DB自体の問題

今回は事例を読む側で説明したが、書く側の話もちょっとしておこう。読者のほとんどはレファ司書でないから関係ないが。

今回、たたき台にした回答文はルーティンとしては書きすぎだろう。実務として回していく際には、ありがちないつものQ&Aはもっと簡易な記録でよいだろう。逆にいうと、ノウハウの開発につながりそうな回答と、そうでない回答の書きぶりをわける必要があるだろう。ただ、こういった運用の問題についてちゃんと検討されていたような記憶がない。また、NDLでNDCを使える人がごく一部しかいないからか、NDCを振らないデータが多いが、もったいないことである。私個人はNDCはあまり好きではないが(正確にはNDC7版の改革を無にした8版以降が嫌い)、それでもなお日本の図書館界ではde facto標準なのだから、ノウハウの共有のために付与すべきと思う。

 

■次回予告

記事索引の採録年代比較をする予定です。学問でも大学レポートでも、論文・記事レベルで文献を見つけ、典拠を書いていくことが当面変わらない気がします。もちろん、単行本は人文社会系の場合、大切ですが。連載第8回の「日本語ドキュバースの三区分」とも連動します。

 


小林昌樹(図書館情報学研究者)

1967年東京生まれ。1992年国立国会図書館入館。2005年からレファレンス業務。2021年に退官し慶應義塾大学文学部講師。専門はレファレンス論のほか、図書館史、出版史、読書史。共著に『公共図書館の冒険』(みすず書房)ほかがあり、『レファレンスと図書館』(皓星社)には大串夏身氏との対談を収める。詳しくはリサーチマップ(https://researchmap.jp/shomotsu/)を参照のこと。

 

☆本連載は皓星社メールマガジンにて配信しております。

月一回配信予定でございます。ご登録はこちらよりお申し込みください。

また、テーマのリクエストも随時募集しております。「〇〇というDBはどうやって使えばいいの?」「△△について知りたいが、そもそもどうやって調べれば分からない」など、皓星社Twitterアカウント(@koseisha_edit)までお送りください。