皓星社(こうせいしゃ)図書出版とデータベース

第8回 回答の手間ヒマを事前に予測する――日本語ドキュバースの三区分

小林昌樹(図書館情報学研究者)

■主題と時間と空間と

ベテランのレファレンス司書は質問を聞いた瞬間に――無意識的にせよ――答えがでるまでのコストや困難さを予測している。これは、経験的に察知できるようになるものだ。もちろん、実際に調べてみると当たり外れはあるが、このコスト予測――おおむねかかる時間の長短に換算できる――は、できれば言語化して利用者に伝えるのが望ましい。利用者もそんなにヒマではないのだから。あるいは自分で文献調査をする際にも、コスト予想はできるに越したことはない。

例えば人物情報という、同じ主題ではある調査でも、それを3つのタイプに分けて探索すると格段に見通しがよくなるのは、同時にコスト予測でもあったからだ。

けれど、主題でタイプ分けするのは、場合によりけりなので一般化して言うのが難しい。そこで今回は、どんな主題でも日本のことなら何でも当てはまる「時代区分」でコスト予測ができることを説明したい。

結論を先に言うと、どんな主題、事柄でも、前近代、戦前、戦後の3つのどれに聞かれていることが当てはまるかで困難度を予測する。

ちなみに空間――具体的には国、日本の外の話だと今回の話は無効である。

 

■レファレンスの困難度表

十年ほど前から私がよく示す【表1】を見てほしい。レファ回答の困難度表である。

真ん中の横「レファ困難度」が、現在に近ければ近いほど容易になっているのは、まぁ常識論だろう。注意点は2つ。具体的な年代の区切りと、一番左端の古い「前近代」になると、逆にレファレンスは容易になる点である。

・表1 レファレンス困難度表の時代区分(日本限定)

同じ事柄でも、戦後のことか戦前のことかで調べの困難さがまるでちがう。例えば、クリスマスツリーの日本における普及について調べる場合、そもそもこれはどうやら占領軍――戦後固有のもの――の影響らしいので、そこそこ新聞記事に出るのだが、戦前の日本のクリスマス風俗については、そもそも記事がほとんど出なかった。

人物調査でもそうである。戦後活躍した人は気合いを入れれば相当わかるのだが、戦前の人はかなり力を入れて調べても、皆目わからない場合がある。

以下、さかのぼる形で各時代ごとの困難度、容易度について説明する。

 

■戦後の文献世界

今、生きている我々(日本語人)の世界(の表面構造)である。アメリカ様がやってきて国立国会図書館を作ることになった文献世界、ドキュバース(docuverse、文章宇宙)である。戦後言説空間でもある。

ここには全国書誌もあるし雑誌記事索引もある。普通に教科書的知識があれば、文献探索はなんとかなる世界である。なかでも日本では1995年のインターネット普及から、ネットのテキストが大量に生まれ、例えば旧「2ちゃんねる」からネット・ジャーゴンが生まれたりしたので、この時期の語源調べはネットでできてしまう。

実はネット以前から情報化は隠れた形で進んでおり、1980年代半ばから大型計算機を使って新聞記事本文が作られていた。過去に遡及する新聞DBの多くが1980年代半ばを区切りに、紙面画像DBと、本文テキストDBの二部構造になっているのはこれがため。テキスト部分を検索するとかなり細かいこともわかったりする。

特殊な時期として、プランゲ文庫がフォローする1945年から1949年の戦争直後がある(表1には書いていない)。プランゲ文庫の残存は必ずしも当時出た文献の全部というわけではないが、それでもなお、GHQによる網羅的事前検閲の結果として、これを検索できる20世紀メディア情報DB*(ざっさくプラスでも引ける)とあわせ、かなり細かいことがわかる。

 

■戦前の文献世界

現在の我々の基本構造ができた時代である。法律、政治機構、習俗も、この時代に始まったものが現在でも使われている。例えば「いただきます」は大正期に広まった習俗だった。

現在の調べものにも重要な時代なのだが、やんぬるかな、太平洋戦争末期の都市爆撃(空襲)や関東大震災で書物が焼失している。上野の帝国図書館にあった書物は今も残り、またこの5月から、国会図書館デジタルコレクションで図書(≒単行本)が登録利用者だけ家から見られるようになるので、戦前ドキュバースの調べものもグッと容易になるかもしれない(特に、現状では部分的にすぎるうえノイズの多い全文検索の機能が拡大したら)。

しかし、帝国図書館では雑誌や新聞の残存率はかなり低く(昭和14年全雑誌の6%ほどしか残っていない)、特に業界紙誌の類(戦前は「業界紙」という言葉はなく、「通信」や「内報」といった)はあまり残されていない。「国会図書館にない本」にはNDLデジコレも無効なので、各地に散在する地方紙誌や、東大の明治新聞雑誌文庫にある新聞紙などがどのように電子化されていくかが、この先の焦点である。しかしそれまでは数十年かかるだろう。

さらに文献が残っていることと、参照できることはほぼ違うことである。戦前雑誌の目次情報を大量に含むざっさくプラスなども併用していかないといけない。

 

■前近代の文献世界

明治初めからは納本制度などもあり、最低限の近代的枠組みがあるが、それ以前、つまり古代から江戸時代までのことを調べるは一般には困難だと言える。

ところが意外なことに、レファレンスという枠組みでは前近代のことを聞かれた場合、戦前のことを聞かれるよりも答えが出ることが多い。というのも、質問を発する普通の人――現在の我々――は、直接、当時の文献を読むことができない。先祖調べなどを除いて、十中八九、近代以降の文献を読んで質問をしてきている。というのも、現代人には「和本リテラシー」――くずし字を読む能力――がないからだ。そのため、前近代の事柄の質問も、結局は近代の前近代研究文献を見つけることで答えがでる傾向にある。

前近代のことについてのレファ本は、著者名典拠セットの『和学者総覧』と『漢文学者総覧』、記事索引代わりの『日本随筆索引』、史上の全事件から史料を引ける『新國史大年表』、史料のフルテキDBたる東京大学史料編纂所「横断検索」、ざっさくプラス搭載の地方史文献年鑑データなど、レファレンスで使えるものは限られている。

ホンモノの前近代専門家は図書館のレファレンスで自分の領域の質問をしないし、特殊な専門図書館でないかぎり、専門家の専門内の疑問にレファ司書は答えることはできない。

 

■文献残存率と基本構造は呼応する

次に見てほしいのは、戦時期の統制価格で示された古書の公定価格表である。

・表2 古書の価格設定表(『本のリストの本』創元社、2020、p.218より)

これは価格統制令で指定された古書価の上限表である。官報公示ゆえか、分かりづらいが、ぶっちゃけ、1924年以降の古本は、今の本として定価の75%以下でしか売ってはいけない、と書いてある。それが関東大震災以前なら130%、第一次大戦前なら300%、日露戦争後前なら500%、維新前なら上限なしという意味だ。近代部分を細かく刻んでいるが――ここでも戦争が区分に使われている――文献のレア度に、1868年と1923年を使っているのは【表1】と呼応している。

ただし、文献のレア度がレファ困難度に直結するわけではない。残存文献が「引ける」か否か、質問が出るか否かという側面とも連動する。

 

■日本語空間(≒国)について

今回の時代ごとのレファ困難度表は、日本限定のものである。第二次大戦に参戦した国は日本以外にもあるが、国土が焦土化した敗戦国として関与したのか、戦勝国として関与したのかで戦火の影響はまるで逆さになるだろう。図書分類の実践で、戦争を主題とする本で関与国が等しく扱われている場合、敗戦国側に分類するといった慣例があるが、同じ現象を別の形で文献世界(の編成)に反映させるものだろう。

植民地なども、日本語ドキュバースで(常に)気にしておくべき「日本」である。たとえば満洲国は、外地・外邦のひとつだ。戦前ドキュバースのレファレンスでは、もしかしたら満洲国の出版物ではないか、と常に気にかけておく。いわゆる内地でも、沖縄県は戦後、米軍に統治されたこともあり独自の世界で、1960年代の、日本の有名な執筆者も書いている一般的なタイトルの雑誌を探しても探しても出てこず、結局、沖縄で出たものだったとわかった、なんていうこともあった。

 

■こんなことを考えたきっかけ

いくつか思い出に残るレファ質問というのがあって、その一つに外国人が「たった百年前のことがわからないの?!」ということがあった。これは昭和前期の著作家履歴についての質問だったが、国が違うと、文献世界の感覚も全然異なることがわかった瞬間だった。

 

■次回予告

索引の排列(よみ、ローマ字、電話帳式 letter by letter word by word)のパターン分けについてざっと解説したい。占領期のリストには、漢字標記を読みのABC順に排列したものなどもあった。

 

* NDLで契約していないのは問題である。本文はマイクロ資料としてNDL憲政資料室に存在するのに、検索できない状況だった。結局、国民が損をすることになってはいまいか。

 


小林昌樹(図書館情報学研究者)

1967年東京生まれ。1992年国立国会図書館入館。2005年からレファレンス業務。2021年に退官し慶應義塾大学文学部講師。専門はレファレンス論のほか、図書館史、出版史、読書史。共著に『公共図書館の冒険』(みすず書房)ほかがあり、『レファレンスと図書館』(皓星社)には大串夏身氏との対談を収める。詳しくはリサーチマップ(https://researchmap.jp/shomotsu/)を参照のこと。

 

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