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昭和ポップスに魅せられて ブームをブームで終わらせないために  さにー(昭和ポップス愛好家)

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 平成4年生まれの私が昭和ポップスにハマったのは、大学3年生のときでした。ハマった時はまだ21歳やそこらでしたが、当時その歳なりに人生の絶望の淵におり、毎日暗い部屋で天井の柄を見つめて日々を送っていた時期のこと。そんな時、たまたま某動画サイトのおすすめに出てきたのが、中森明菜さんでした。初めて彼女のパフォーマンスを目にした時、大きな衝撃の稲妻が私の脳天を直撃したのを感じました。爽快なほどの歌唱力の高さ、想像が広がる楽曲の世界観、練られた演出、視線から感じる歌への情熱……まさに、すべてが完璧で究極。彼女は、私の鬱々とした世界に唾をかけて蹴散らす強さを持ちながらも、誰より私の心に一番近い場所で寄り添ってくれる女神のように見えました。 

 以来、さまざまな昭和ポップスを聴くようになり、明菜さんに限らず昭和の音楽全体の素晴らしさを知った私は、Webサイト運営YouTubeでの発信、メディア出演等を通して昭和ポップスの魅力や奥深さを伝え、後世にわたって昭和ポップスが聞き継がれていくために発信活動をしています。

 ここ数年、世間では「昭和ブーム」が巻き起こっています。廃れかかっていた純喫茶を「レトロでエモい」と若者たちが押し寄せ、いかにも昭和な花柄のガラスコップが発売され瞬く間に大ヒット商品に。もちろん音楽にもその波は来ています。レコードの生産額は33年ぶりに40億円を超え、1979年リリースの楽曲が世界のサブスク音楽チャートにて世界1位を獲得するという事態も起こっています。サブスクの台頭で時代関係なく音楽を聴くことができるようになったことで、「音楽といえば、今流行の曲を聴くのが当たり前」という先入観は年々薄くなっているように感じます。

 私の展望は、その「ブーム」をただのブームで終わらせないこと。ブームというのは必ず流行り廃りがあるもので、ファッションなどではよく「時代が一周して再び人気になる」という動きがありますが、裏を返すとその時期が過ぎればまた「時代遅れ」になってしまいます。

 一方でクラシック音楽やジャズ(本で言えば純文学)などは、時代関係なく嗜好されるスタンダードな存在となっています。私はたまに「昭和の音楽を今聴いているの!?世代じゃないのに」と言われることがありますが、その人はクラシック好きに「200年前の音楽を聴いてるの!?世代じゃないのに」と驚くことはないでしょう。よいものは残っていくというのならば、昭和ポップスも、時代を問わないスタンダードな存在になれる可能性が十分にあるはずです。そして今ならまだ当時の歌手も元気に活動していて、それをリアルタイムで聴いていた人もたくさんいる。さらに、若者たちも注目している。昭和ポップスの魅力を広めるにあたっては、今この波に乗らずしていったいいつ乗るのか?というほどの絶好のタイミングです。そんな今だからこそ、「ちょっといいかも」と水面を覗き込んだ人(主に若者)たちを沼の底に引き込むことを目指して活動をしています。

 昨今の自身の活動の中でも非常に印象深いのが、2023年9月、私は「レジェンドが語る!昭和ポップスの裏方の世界」というイベントを主催し、編曲家の船山基紀さん※にゲストとして登壇していただいたこと。 私がハマった入り口は中森明菜さんではありましたが、惹かれたのは彼女そのものだけでなく、その演出や楽曲の世界観、熱のこもった演奏など、中森明菜さんを「中森明菜」たらしめる、裏方含むすべての方の緻密な仕事ぶりでした。

 作詞家、作曲家、編曲家、エンジニア、ミュージシャン、マネージャー、カメラマン、プロデューサー……一つの作品を作るためには、歌手以外にも音楽に関わる方が多数存在します。そしてその方々は、一音一音、一つ一つの表現や演出に熱い魂を注ぎ込み、まさに英知を結集して素晴らしい作品を作り上げてきました。現在ではすべてパソコンひとつで(なんならたったひとりで)できてしまうこの作業ですが、昭和の音楽はそれぞれを専業とするプロが担っていたということです。近年はやっとその活躍が注目され始めてはきたものの、プロフェッショナルな仕事ぶりと比較して、知られているのはそのうちのほんの一部です。

 数多いる昭和ポップス好きの中でも、作家陣にまで興味があって、さらにそのイベントに行ってみたいと思ってくれる人は、現状では悔しいことにほんの一握りです。しかし、そんなことは言っていられません。昨年もたくさんの名曲を遺した歌手・作家の方々が旅立たれました。ライトな層へと裾野を広げる一方で、このようなイベントを通して当時楽曲制作に関わった方々の証言を一次資料として残すことで、楽曲制作の経緯や込められた思い、その哲学を伝えていくことが必要と感じ、開催に至りました。今はライトな昭和好き層も、いつか深くハマった時に裏方の方々の仕事ぶりにきっと感銘を受けるはず。絶対に今残しておかなければいけないお話があるはずです。今後はしっかりとライト層や若者向けに楽曲の魅力を広めつつ、定期的にレジェンドたちをお呼びするイベントを開催し、シリーズとして展開していく予定です。

 

※船山基紀さん……編曲家。沢田研二「勝手にしやがれ」、Wink「淋しい熱帯魚」でレコード大賞を獲得したほか、中島みゆき「時代」、クリスタルキング「大都会」、田原俊彦「ハッとして!Good」、少年隊「仮面舞踏会」、郷ひろみ「お嫁サンバ」、C-C-B「Romanticが止まらない」等ヒット曲を多数手掛ける。

 

 

さにー 

昭和ポップスを愛する平成生まれ。 Webサイト運営、YouTubeでの発信、メディア出演、コラム執筆等を通して、楽曲の魅力を後世に伝えるべく活動中。昭和を愛する若者たちのためのコミュニティ「平成生まれによる昭和ポップス倶楽部」の運営も務める。

Webサイト「あなたの知らない昭和ポップスの世界」:https://syowa-suki.com/
YouTubeチャンネル「昭和ポップスの世界 byさにー」:https://www.youtube.com/channel/UCErpBzArEg0dunUpwrHPv3Q/
平成生まれによる昭和ポップス倶楽部:
https://showapops-kurabu.com/