皓星社(こうせいしゃ)図書出版とデータベース

第一回 民芸に心惹かれる理由(本屋B&B 錦織可南子さん)

■新連載《よめば羊もよってくる》

この企画は、本を起点とした方々に、今興味を持っていることや夢中になっていること、知って欲しいこと、変えたいと感じていることなどをご紹介いただき、その関心を読者の皆様へ繋げていきたいという考えをきっかけに始まりました。

偶然で繋がる予想のつかない流れを大切にするため、ご寄稿いただく方に次回の執筆者を指定していただくリレー方式で進めてまいります。

外のものに心を奪われ、肝心なことを忘れるたとえとして、「読書亡羊」という言葉がありますが、むしろ《よめば羊もよってくる》。熱中しすぎることでそこから新たな仕事や人間関係が広がっていくかもしれません。このリレーを通し、それぞれの視点の違い、あるいは通底するもの、そして読者の皆様のさらなる未来を呼び寄せるような新たな興味の手掛かりが見つかればと願っております。(編集部)

 


 

本屋B&B 錦織可南子

 

9月下旬。長袖を着ていてもぶるぶると震えるほどの肌寒い一日でした。冷たい雨が降り頻るなか訪れたのは、長野県・松本市に位置する松本民芸館。ここには、民芸運動に力を注いだ丸山太郎(1909~1985)が生前に蒐集した約6,000点にも及ぶ世界各国の多種多様な品々が収蔵されています。どれもキャプションには品名と産地のみが記載されていて、説明は最小限に留められています。「そのものの持つ美を直感で感じてください」という丸山の民芸に対する想いがそこに込められているように感じました。丸山の実家は「ちきりや」という広く知られた老舗問屋でした。祖父と父の代に家業が進展し多くの資産を築きます。家業を継ぎ、精を出す丸山に大きな転機が訪れる事になったのは1936年の秋でした。東京駒場に柳宗悦(1889~1961)らの努力によって「日本民藝館」が開館し、その新聞記事を目にした27歳の丸山は上京し、民藝館を訪ねました。以来、丸山は上京のたびに民藝館を再訪し、柳の著作にも導かれて、次第に民芸運動に心を惹かれていきました。丸山は、柳のことを「何世紀に一人しか生まれ得ない先生」と、終生かわらぬ敬慕の念を抱き、その忠実な弟子の一人となって、自己の民芸の世界を追い求め松本市内の道具屋を回り、県内外に民芸品を探索する旅に出ました。このような丸山の活動により1946年、日本民藝協会長野県支部を発足させ、今の松本が民芸のまちとして進化を遂げることになったそうです。そうした背景も知って、松本民芸館を訪れて直に作品に触れたことをきっかけに、私は民芸の持つ魅力に惹き込まれていきました。

 

数ある展示品のなかでも、私が心惹かれたのは朝鮮の民芸品でした。朝鮮王朝時代を中心にたんす、箱などの木工品や陶磁器、金工品などが並んでいます。特に、白磁器の凛とした佇まいは、心を落ち着かせてくれる不思議な魅力を感じます。朝鮮の民芸品と言えば、日本の民芸運動の創始者である柳宗悦もその美しさに魅了されたことから民芸の道を歩むようになったことで知られています。20回余り朝鮮を旅するなかで、白磁をはじめ民衆の暮らしに根ざした工芸の魅力を広め、旧王宮に「朝鮮民族美術館」を開設するなど文化の保護に尽力しました。柳は、単に物の美しさについて論じようとしたのではなく、その背景にある社会のあり方や市井の人々にも眼差しを向けていました。そのことを如実に物語っているのが、3・1独立運動で日本の植民地支配に対して反対の声を上げた多くの朝鮮の人々が日本軍によって虐殺・逮捕された事件を受け、柳が読売新聞に投稿した「朝鮮人を想う」という一文です。

 

吾々とその隣人との間に永遠の平和を求めようとなれば、吾々の心を愛に浄め、同情に温めるより他に道はない。然し日本は不幸にも刃を加え罵りを与えた。之が果たして相互の理解を生み、共力を果たし、結合を全くするであろうか。※出典:「朝鮮人を想う」(1919年、読売新聞、5月20日~24日号)

 

当時、日本のほとんどの識者が沈黙した中で、柳は日本政府による愚行を痛烈に批判しました。凄惨な事件はその後も続きました。3・1独立運動から4年後の1923年9月1日、関東大震災が発生します。震災直後の混乱のなか、「朝鮮人が火をつけ、暴動を起こそうとしている」、「井戸に毒を投げ入れた」という流言蜚語が広まりました。政府は戒厳令を発令。軍隊や警察、流言蜚語を信じた民衆によって多くの在日朝鮮人が虐殺されました。植民地支配の歴史は日本が敗戦する1945年まで続きました。あれから76年。加害の歴史に向き合うどころか、その歴史を否定・修正する動きが強まり、SNSや街中では排外主義的な言説が溢れています。柳が望んだ「朝鮮と日本との間に心からの友情が交される時」は来訪したと言えるのでしょうか。

 

余は屢(たびたび)想うのであるが、或国の者が他国を理解する最も深い道は、科学や政治上の知識ではなく、宗教や芸術的な内面の理解であると思う。

※出典:「朝鮮人を想う」(1919年、読売新聞、5月20日~24日号)

 

何故こんなにも、民芸というものに心惹かれるのでしょうか。美しいものを美しいと感じるのは何故なのでしょう。それは、民芸という手仕事を通して様々な民族の文化や土地の歴史、そして日常の風景が垣間見えるからだと感じます。そして、自分とは異なる他者の存在をそこに感じるからです。植民地支配は、それらを根底から否定するものです。だからこそ、今もなお続く差別や植民地支配を肯定するような言説には真っ向から対峙していきたいと思っています。

 


錦織可南子(にしきおり・かなこ)

1993年生まれ。東京出身。日本大学法学部卒。現在は本屋B&Bにてマネジメントとイベントの企画運営を担当。ブックフェア「ともに暮らしていくための社会を考える」(2021年3月)、ブックフェア「もうひとつのアナザーエナジー」(2021年9月~10月)を企画。映画制作にも携わり、『ふゆうするさかいめ』(2020年)では助監督を務める。

 

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