人物企業家

B5判・上製・全10巻・各巻平均600頁 
定価180,000円+税
ISBN4-7744-0275-3 C3300
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日本人物情報大系 第4回
企業家編
由井 常彦 責任編集・解題

『東京商業会議所会員列伝』『実業家人名辞典』『財界人物選集』『大日本重役大観』『現代事業家列伝』他。
明治・大正・昭和−激動の一世紀を駆け抜けた実業家・起業家の姿を知る貴重な資料群。稀覯書『大日本重役大観』(毎日新聞社)収録。


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日本人物情報大系 第4回配本

企業家編[解題

 

由井常彦


「企業家編」の意義と解説

 近代の経済社会の発展は、企業家ないし経営者はじめ数多くの人間の活動の成果 である。ことに日本のように、国土が狭小のうえ、天然資源が乏しい国では、経済の発展・成長は、なによりも企業家のように主体的に企業経営に関わる人々の、創造的な活動や努力に依存してきたと言ってよい。その意味で、企業家や主要なビジネスマンの人物、出身そして活動と業績の記録や情報は、歴史的にみてとても重要で、興味の尽きないものであることは多言を要さないであろう。

 にも拘らず、明治以降の近・現代についても、企業家ないし実業家・経営者の網羅的な記録や情報は、 概して容易に得られるものではない。例えば、イギリスについてみれば、19世紀になると全国版の紳士録(PWho’s Who)が毎年出版され、相当数の企業家・ビジネスマンについても客観的なデータが記載されるようになっている。さらに近年では、イングランド・ウェールズについて、大冊五巻本の本格的な「実業家伝記集」が、ついで別 にスコットランドについても二巻本が、数年以上をかけて、客観的な立場から綿密に編集、発行されており、十分に信頼ある情報が手近に提供されている。それからみれば、日本の場合は、対照的に、全くの不備といわねばならない。

 もっとも、日本において、明治維新から現在まで、伝記はもとより、企業家ないし実業家に関する人物、経歴、活動、業績の歴史的な記録や文献それ自体が必ずしも乏しいわけではない。むしろ、明治・大正・昭和の変化に富む一世紀は、実業家個人の伝記とは別 に、その時期、時期に、企業家や経済人の人物評伝や伝記列伝がしばしば編集され、刊行されており、内容・質を問わなければ、その数は相当数に上っている。本コレクション「企業家編」では、これらのなかから、内容が比較的充実し、有用なもの、もしくは貴重なものを選んで、体系的に復刻、出版することとした。

 以下、本「企業家編」の解題を兼ねて、明治以降の企業家ないし実業家の、まとまった評伝・人名辞典・列伝などの諸記録・諸文献について、ひととおり解説を試みることにしよう。なお、本編は、企業家編であるが、ここでの企業家とは広い意味に解し、いわゆる実業家、財界人、経営者など企業経営に積極的に関わった、その意味で主体的なビジネスマンを指すこととする。



(1)明治時代

 明治前期においては、実業家や企業家といった近代的なビジネスマンについて、その実体や概念・用語が十分に確立していないので、ビジネスマンについての情報や人物の記録類は、「商人録」・「商工人名録」として一括して扱われており、ここでは伝統的なタイプの商工業者と企業家的な人々との区別 は行なわれていない(ちなみに、江戸時代においての有力な商工業者については、文政の末頃から「長者鑑」や「長者番付」すなわち資産家の番付表が江戸・大坂についてしばしば刊行されており、明治時代になっても明治20年頃までは毎年のように「長者番付」が刊行されている。例えば井上茂兵衛『大日本全国持丸長者、付大日本国立銀行一覧』明治17年などがそれである)。

 包括的な商工人名録としては、初期のものとして『東京商人録』が明治13(1880)年大日本商人録社から刊行され、工業についても、東京府勧業課の編集になる『東京名工鑑』が明治12年に有隣堂から出版されている。ついで明治25(1892)年4月に、白崎五郎七・白崎敬之助編『日本全国商工人名録』(日本全国商工人名録刊行所発行)が、刊行されている。これは、1450ページに及ぶ大冊であり、全国府県別 に網羅的に商工業者が収録されており、この種のものとしては、重要かつ有用である。なおその後、明治31(1898)年12月に再版の、より本格的な『全国商工人名録』が、さらに明治40〜41年には第三版上巻・下巻が合名会社商工社から出版され、その後大正3年(第五版)に及んでいる。参考までに、この第三版以降は、府県別 、業種別に営業税10円以上の商工業者がすべて収録され、かつ所得税、営業税の額が克明に調査、記載されている。したがって明治時代の経営史、経済史、商業史の研究の上で不可欠ともいえる基礎的データとして専門史家のなかで知られている。

 明治時代の商人のなかでも、伝統的で保守的なタイプではなく、積極的・進取的な人物で、新時代の「立身出世」的なタイプの人々は、早い時期からそれなりに関心をもたれている。『耐忍/偉業 商人立志篇』(明治21年)、瀬川光行『商界英傑伝』(明治26年)などが代表的なものである。後者は比較的知られており、すでに復刻本(立体社、昭和61年)が出版されているので、本集成では、前者を収録している。なお、商工会議所の前身たる商業会議所は、東京商法会議所(明治11年設立)の発足ののち、何度か制度的な変革を経て、明治23(1890)年9月になって商業会議所条例の制定をみ、各都市に商業会議所が設立されるようになった。東京商業会議所は、明治24年1月に創立され、翌明治25(1892)年には『東京商業会議所会員列伝』が編集・刊行されている。貴重な記録として、ここに併せて復刻・所収することとした。

 さて、1890年代になると、経済史家が日本の産業革命期、企業勃興期と称しているように、民間の近代的産業ビジネス企業が活発に現われ始める。渋沢栄一、岩崎弥太郎・弥之助兄弟、安田善次郎、大倉喜八郎、雨宮敬次郎、浅野総一郎、高田愼蔵、古河市兵衛ら、明治初期に活動したさまざまなタイプの企業家たちの成功と致富は確実なものとなり、三井、住友や岩崎の三菱などいわゆる財閥事業体の発展も顕著となった。

 こうした時代背景のもと、従来の「商人」「商業」に代わって、近代的ビジネスマンないし企業家を含意する「実業」「実業家」という新しい用語が急速に普及し、企業家・実業家の評伝集の出版が相ついだ。坪谷善四郎の『実業家百傑伝』ついで『実業人傑伝』全5巻(明治28〜31年)などが次々に刊行されはじめ、成功した実業家についての出版が一時はブームの観を呈する。明治20年代中頃以降の企業家・実業家の評伝集は、質を問わなければ、その数が非常に多く、たちいった紹介は割愛するほかない。なかでも、もっとも代表的な『実業人傑伝』は、昭和58年に立体社から復刻版が刊行されている(この期についての詳細は、右の復刻本の第5巻の巻末に付記されている、由井常彦・浅野俊光執筆の「解題」 を参照されたい)。

 本編においては、これらのなかで、江間政発編『褒賞実業偉蹟』(明治26年)、活動野史著『実業家偉人伝』(明治34年)、桑名定逸編『成功/秘訣 富豪の面 影』(既述の企業家たち12名の人物論、明治35年)、墨堤隠士著『豪商の雇人時代』(明治38年)、亀谷伴吉編『成功亀鑑』第一集・第二集(明治40、41年)を収録することとした。読者本位 の読みもの風であり、必ずしも充実した内容とはいえないが、どれも稀覯本に属するものであり、この時代の社会経済の変化にまざまざと触れることができる。『豪商の雇人時代』も、明治期の企業家の出身と経歴をうかがううえで興味がある。

 その後明治末年になって、明治44(1911)年10月、古林亀治郎編の『実業家人名辞典』(東京実業通 信社)が出版された。これは収録人物数3,864人、約1200ページの一応本格的ともいえる企業家人名録である。大都市の主要な会社・銀行の役員はじめ、各地の有力な自営商工業者が採録され、なかには大地主、弁護士、医師などの、実業家とはいいにくい「名士」も含まれ、各人物の出身・経歴がやや詳しく説明されている。本書は、かつて復刻されたことがある(立体社、1990年)が、発行部数は限られており、明治時代の全国的な企業家の情報として、内容の充実、有用性からあえて今回も所収することとした。

 なお、明治中期には日本最初の紳士録として、交詢社から『日本紳士録』が明治22年から、会社・銀行の役員録としては『日本全国諸会社役員録』(商業調査所)が明治26年から、それぞれ毎年刊行をみており(後者については、復刻版の明治45年まで、全16巻、柏書房、1988〜9年刊)、会社と役員についての全国的データとなっている。ちなみに、これら全国版に対しいわば地方版の府県別 の人名録もこの頃からしばしば刊行されている。

(2)大正・昭和初期  戻る

 ついで1910年から20年代の、大正期から昭和初年になると、日本経済の発展と大企業の成長にともない、企業家・実業家・経営者の人物紹介、評伝の記録はより充実をみている。ビジネスの社会的地位 が向上し、実業についで、財界、経済界などの用語も一般化している。

 この時代の初期の第一次世界大戦の時代(1914〜18年)は、日本経済の空前の活況期であり、成金を輩出した。本編では、興味ある企業家紹介のシリーズとして、『財界之人 百人論』(大正3年)、大橋敏郎(玄洋)著『実業界の巨腕』(大正4年)、高柳淳之介(小西栄三郎)著『大正成金伝』(大正5年)、そしてこの時期でもっとも重要な『大日本重役大観』(大正7年)を収録した。

 これらのうち、矢野政二(矢野滄浪)著『財界之人 百人論』(大正3年、時事評論社)は、1910年代初期の日本の企業家人物論、それも忌憚のない率直な評伝として興味ある文献である。当時の代表的な実業家106人の長所や短所、世間的評価や、内外のビジネスに関する金言・格言も記載されている。『大日本重役大観』は、第一次大戦末期の大正6〜7年に毎日新聞社が編集した1000ページに近い役員録である。さきの『百人論』などとは対照的に、一応客観的な立場で調査・編集されている。前半の「重役之部」においては、「実業界における中枢人物たる重役」に焦点をおき、三井、三菱、住友、安田、浅野、大倉、川崎、渋沢らの諸財閥の諸会社、諸事業部をはじめ、有力な会社・銀行の役員758人 について、人物写真とともに1000字程度の経歴紹介と人物評論が記載されている。大正時代の企業家 人物論ないし財界・財閥の人物紹介として、非常に役に立つ内容である。後半の「銀行会社之部」は、文 字どおり大正7(1918)年当時の府県別人名録で、かなりの地方企業まで記録されている(さらに巻 末に主要会社、大学の役員録を添付)。

 さて、昭和年代(1925年以降)になると、日本でも継続的に、「紳士録」とは別 に、実業家、経営者の人物辞典が刊行されるようになった。代表的なものに、中西利八編『財界人物選集』(財界人物刊行会刊)がある。これは、収録人物数も多く、約3000人に達しており、版を重ねるごとに出身・役職のほか、学歴・経歴、さらに所得税はじめ趣味・家族・宗教などが追加項目に加わり、採録人物、内容、体裁とも整備されている。昭和2年に編集が着手され、翌々4(1929)年に発行され、その後ほぼ隔年、大幅に増補・改訂された新版が刊行されつづけ、昭和14年に及んでいる(第五版は所収人員9000人以上)。本書は、その重要性にも拘らず入手が容易でないので、戦前のもっとも基本的な企業家文献として、初版と第五版(昭和14年、1939年)の両版を、ともに完全なかたちで復刻、所収した。

 昭和初年の、より読み物的な企業家評論、評伝としては、浜 達夫編『現代実業家大鑑』(昭和3年)が御大礼記念と銘してまず刊行された。約1000人が採録されているが、前述の『大日本重役大観』とちがって、地方の企業家が多いことに特徴がある。。次に、藤原楚水著『現代財界人物』(昭和6年)、 実業之日本社編『財界巨頭伝』(昭和5年)、実業之日本社編赤手/空拳 市井奮闘伝』(昭和6年)、 鹿島増蔵著『日本産業篤志伝』(昭和8年)、松本金次編『代表的人物と事業』(昭和10年)、経済資料社編『財界暁将伝』(昭和11年)の6点を収録することとした。これらはすべて、『実業家人傑伝』、『百人論』の系譜につながるもので、必ずしも良質とはいいがたいが、しかし、不況・恐慌の時代の企業家が直面 した諸問題と活動、そしてこの時代の労苦をうかがう上で興味ある文献である。

 なおこの時代の末、昭和11(1936)年に、明治維新後70年を記念して、野依秀市編の『財界物故傑物伝』が、実業之世界社から発行されているので、ここに付記しておきたい。同書は、上下二巻本で、357人の物故実業家各人の伝記が収録され、さらに「遺族など主なる縁戚 者録」が添付されている。人物の選択に問題がないわけではないが、出身・経歴・活動および業績の記述は克明・詳細といえる内容であって、戦前においては信頼度、有用性の高い実業家文献といってよい(同書は、1999年、ゆまに書房から、原本どおりの復刻本が刊行されている)。

(3)戦時および戦後期

 日支事変がはじまり戦時色のつよくなった昭和12(1937)年以降、終戦を経て戦後復興期の昭和30年代初期までの時代について見てみよう。日中戦争から太平洋戦争が始まる1941(昭和16)年までの一時期は、企業家・経済人についての人物評伝の出版は、ひきつづき活発である。この時期は、軍需生産と対外輸出が急激に増大し重化学工業の発展が顕著であったので掲載される人物もこうした時代を反映している

 本編では、森田栄作著『昭和財界闘将伝』(昭和12年)、議会政治社編『軍国日本人物大鑑』(昭和13年)、興亜之事業社編『興亜之事業六百名士鑑』(昭和14年)、小玉 哲郎著『興亜聖業財界人譜』(昭和15年)、中村牟都雄編『興隆日本の財界人』(昭和16年)の4点を収録した。いずれも入手が 非常に困難なことと、この時代の企業家、いわゆる当時の産業人、財界人と社会経済のあり方を知るうえ に興味あるので、この機会に復刻したものである。

 これらのうち、『興亜聖業財界人譜』(196人所載)と『興隆日本の財界人』(約1000人所載)は比較的充実しており、これと既掲の『財界人物選集(第五版)』とをあわせると、日中戦争下の経済ブームの一時期における企業家の情報を、人物評論とともに、かなりの程度まで得ることができる。

 なお、太平洋戦争中は、もとより物質の統制強化のもとで、この種の評伝類の出版はごく限られたものとなっている。だが、戦時下の昭和18(1943)年に、中外産業調査会において編集・刊行された『人的事業大系』は、各主要産業別 に各巻が編集され、主要会社の役員から部・課長までかなり広い範囲にわたって、経営者および組織・人事が記載されており、主要な経営者については経歴とともに、論評も行なわれている。戦争中の経営者についての網羅的で、重要な資料であることを付言しておきたい。

 戦後、とくに1950年代になって、戦後の産業再建、経済復興の目途が立つようになると、経営者、財界人の列伝、人物論についての出版は、またも活発となった。本編では50年代から60年代はじめに編集・刊行された、比較的内容に興味ある数点を選んでみた。菱山辰一著『現代実業家列伝』(昭和27年)、筒井芳太郎著『財界人物読本』(昭和27年)、池田さぶろ著『財界の顔』(昭和27年)日本経済新聞社編『財界百人百話』(昭和27年)、山王書房調査部編『財界新人物記』(昭和28年)、古田 保著『財界人の横顔(プロフィール)』(昭和29年)、実業之日本社編『事業はこうして生れた―創業者を語る―』(昭和29年)などを収録してみた。

 これら戦後復興期の財界人、企業家は、戦前からみると顔ぶれが一新しているが、大多数が企業の再建、復興あるいは創業に情熱をもち、理想や自信をもって取り組んでいることが覗える。これらの文献にしても近年では次第に入手が容易でなくなっているので、収録する意義も少なくないと考えられる。なお、このあとの時代になると、『日本財界人物列伝』(昭和39年、青潮出版刊、第一・第二巻)のような大部の財界人物伝がしばしば刊行されるようになっているが、これら1960年代中頃以後のものは、その数が多いばかりでなく、時代もいわば現代に属するので、ここでは収録・解説とも省略した。

おわりに


 以上、本「企業家編」総合解題では、明治時代から第二次大戦後の復興期までの主要な実業家・経営者の評伝集、人名辞典についての記録や文献を紹介し、同時に本集成についてひととおり説明した。すでに再三触れたように、本大系では、主として文献の有用性と稀覯性とを基準として選択し、体系的に復刻を試みることとした。

 一般に、人物の伝記や記録類は、歴史的に重要なデータであり、情報源であるが、内容や質が千差万別 であり、全貌を知ることが困難な出版のジャンルである。したがって、上記の解説も日本における実業家・経営者評伝類を全国的なものについて考察したものであるが、必ずしも十分に完全とはいえず、今後、地方のそれを含めてより研究が必要と考えられる。本大系は、すべてを尽しているわけではないにせよ、従来ほとんど身近に資料が得られない分野の記録集であるだけに、関係する学会や研究者に裨益するところが少なくないであろう。ここに所収した企業家評伝の内容をみると、かりに通 俗的なものであっても、成功ばかりでなく、蹉跌や失敗を含めて、数多くの先人のチャレンジと苦労に感銘を受けないわけにはいかない。できるだけ多数の文献・記録を網羅的に収録したので他の諸編同様歴史的な復刻の一大コレクションとしての価値もまた大きい本大系の「企業家編」が、広い読者、利用者によって活用されることを期待したい。

 本編の編集に際し、財団法人 三井文庫、財団法人 日本経営史研究所、宗教法人 靖国神社から貴重な資料の提供を受けた。末筆ながら謝意を表したい。

(ゆい・つねひこ 明治大学名誉教授/文京女子大学教授・経済学博士)
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