2002.9.30 No40.
■■■■■■■■■■■■■ 皓星社通信 ■■■■■■■■■■■■■■■
とても久しぶりに刊行
                                        発行所 株式会社 皓星社
                                        編集長    佐藤 健太
                       info@libro-koseisha.co.jp
                             http://www.libro-koseisha.co.jp

━━ 目 次 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

●沈黙の力――日系カナダ人、ハンセン病患者、パレスチナ人の声
  
  小畑精和

●『らい文献目録』社会編データベース検索をアップしました

●『ハンセン病文学全集』(第1期・全10巻)刊行開始!

●ハンセン病叢書関連ニュース

●編集後記

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●沈黙の力――日系カナダ人、ハンセン病患者、パレスチナ人の声

小畑精和

 ジョイ・コガワが六月に日本カナダ文学会創立二十周年記念大会のために来
日する。一九八一年に出版されたObasanがベスト・セラーになり、日本でも評
判になった日系カナダ人作家である。邦訳では『失われた祖国』がある。

 第二次世界大戦中、二万人を越える日系カナダ人は、彼らの大半がカナダ生
まれで、カナダ国籍を持っていたにも拘わらず、「防衛上の理由」により太平
洋岸から収容所に強制移住させられ、財産を没収され、自由を大幅に奪われた。
戦後すぐにこうした措置に対して賠償を求める運動が始められたが、一九七〇
年代に活発になり、「リドレス(redress、損失の修復、補償)運動」と呼ば
れるようになった。一九八八年にカナダ政府は彼らの主張を受け入れ、強制移
住等が不当であったことを認め、個人に二万千ドル、日系カナダ人コミュニテ
ィーに千二百万ドルなどの補償を決定した。Obasanがリドレス運動の高まり
を反映している。

 Obasanは日系移民一世の寡黙で清楚な苦しい生活を少女ナオミの目を通して
描いた作品である。突然家族と引き離され、おばさんたちと暮らさなければな
らなくなったナオミ。紙切れ一枚の命令で転居しなければならない状況、その
理由を問う少女と、答えに窮するおばさんたち。少女は三十年近く経ってその
手紙を初めて読むことになる。

 冒頭の場面が特に印象に残る。おじさんは毎年語り手のナオミを連れてカナ
ダ中部平原の小高い丘にやって来る。どうして毎年来るのかナオミが尋ねても、
おじさんは海原のような草原を眺めながら「Umi no yo」と呟くばかりである。
一九七二年にはもう三十を越えているナオミであっても、おじさんにとっては
「幼なすぎる」と思われるのである。

 おじさんがなくなった後もこの言葉は回想される。おじさんの沈黙は忘却で
はなかった。冒頭と同様に、最後の場面でもこの「Umi no yo」という言葉が
回想される。おじさんたちが沈黙し、語れなかったことをナオミが書き綴って
いく。それはおじさんやおばさんの沈黙を通しているだけに、余計に重く、力
強い小説となっている。

 強制収容に関して記憶に新しいのはハンセン病患者の国家賠償請求訴訟勝訴
であろう。一九〇七年の「癩予防法」以来約一世紀に渡って続けられた患者
の無念が、昨年の五月熊本地裁での患者側勝訴判決によって、初めて晴らされ
たのである。政府の控訴断念があたかも小泉首相の英断であるかのように報じ
られたが、患者たちの粘り強い長年の運動の成果であることは言うまでもある
まい。

 この間の事情をドキュメントとして伝えているのが國本衛の「再びの青春」
(『新日本文学』二〇〇一年九月号掲載、新日本文学賞受賞。二〇〇二年五月
号再掲)である。患者たちの長い沈黙を忘れ去ることなく受け継いできた者な
らではの力作であろう。この作品もObasan同様、押さえた筆致で書かれている
のが印象的だ。選者の一人である鎌田慧は「これだけ冷静に書くまでに費やさ
れた、絶望の深さと人生のほとんどにわたる長い時間を考えさせられた」と評
している。

 國本は「再びの青春」の最後で、「一つの闘いが終わった。しかし、また新
たな闘いが始まる」と書いている。この作品は、彼の胸に秘められた「燃える
炎」が深く長い沈黙によって醸成されたものであることをよく表している。國
本の作品を始めとして「ハンセン病文学」と呼ばれる文学が最近注目を浴びて
いるのも、単に時事的な意味があるだけでなく、それらの作品が「闇と沈黙」
を突き抜けて現れてきた力を備えているからであろう。

 テレビで何でも報道されているという錯覚は根強い。そこで流される映像は
すべてをすくいあげているかのようなフリをする。秘められたものに目を向け、
沈黙に耳を傾ける努力をマスコミは時に忘れさせる。自国を守るのは当然であ
り、「備えあれば憂いなし」とかで「有事」に備えなければならないという。
他方、個人情報保護法により、過剰な情報合戦から人権を守るという。しかし、
「国を守るため」に他国を侵略した例は枚挙に暇がないし、「人権を守るため
の規制」により、「報道規制」や「人権侵害」した例もしかりである。あの悪
名高き「らい予防法」にしても、「らい患者の楽園を造る」と当初喧伝されて
いたそうだ。

 「大きな声」は伝わりやすい。「小さな声」は取り上げられることによって、
アリバイが造られ、忘れ去られる。

 昨年九月の同時多発テロとそれに続く「戦争」は現代社会が抱える多くの問
題を顕在化させてきた。最新装備を施した強力な軍隊と、限られた武器で「非
合法」な攻撃に頼らざるをえないテロリストたち。非合法な「占領地」から撤
退しようとしないイスラエル軍と自分の家にすら帰ることのできないパレスチ
ナ人。

 数々の報道によって、様々な情勢が伝えられるが、貧困にあえぐ民衆の存在
と、他方にある「繁栄」の格差は誰の目にも明らかであるだけに、かえって既
視感を与え、見過ごされがちなのではないだろうか。

 パレスチナやアフガンの物語らぬ声に応えるのは時間がかかり、容易なこと
ではなかろう。しかし、その困難を越えて、初めてObasanや「再びの青春」と
いった作品は生まれてきたのである。沈黙を忘却に、闇を無に帰してしまう風
潮が何よりも不気味である。

(「千年紀文学」38号より転載)

小畑 精和(明治大学政治経済学部、千年紀文学の会会員)

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「千年紀文学」38号(2002年5月31日)
 <特集/9.11以後の文学と倫理(3)>
綾目広治「性差別・売買春・レイプと日本文学」/高良留美子「男性は記号と
して、次に風・蛇として登場した」/小林孝吉「不可能な交換と戦争」/深沢
夏衣「客観が主観に従えば……」/村松孝明「音――夢千夜 第十三話」/
青山直広「今日も走る」/日野範之「おわたまし――山寺断章(7)」/後藤
秀彦「短歌 事無く昇る」/童人「俳句 形無き者らへ」/辻祥貴「天幕」/
渡辺みえこ「白い粉――現代という風景(37)」

「千年紀文学」は隔月刊。1部390円(〒共)。年間購読料(〒共)2,000円。
購読のお申し込みは下記へお願いします。
mailto:info@libro-koseisha.co.jp

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■■関連リンク集■■
☆日本人の海外移住略史 1868年〜1998年
http://www.janm.org/inrp/japanese/overview_ja.htm
☆Historical Timeline of Japanese Canadian(English)
http://www.janm.org/inrp/english/time_canada.htm
☆グレーター・バンクーバー 移住者の会ホームページ
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1915/
☆ハンセン病関係リンク集(皓星社)
http://www.libro-koseisha.co.jp/top17/han_link01.html
☆書籍紹介:国本衛『生きて、ふたたび』
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Himawari/8952/book/book_kunimoto1.html
☆お笑い個人情報保護法案メモ(リンク集)
http://www.geocities.co.jp/Colosseum-Acropolis/7376/hogoho/index.html
☆個人情報保護法案拒否!共同アピールの会
http://www.interq.or.jp/japan/s9d/
☆The World After 9.11 Links
(旧・米国のテロ報復攻撃を止めようリンク<平川秀幸さんのHP)
http://www.cs.kyoto-wu.ac.jp/~hirakawa/no_more_violence/index.html
☆対米テロ事件報道を相対化するために<森岡正博さんの生命学HP
http://www.lifestudies.org/jp/tero.htm

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●『らい文献目録』社会編データベース検索をアップしました

小社では資料調査の円滑化を図る目的で、ホームページにて『雑誌記事索引集
成』の執筆者検索、『日本人物情報大系』の被伝記者検索を公開し、多くの大
学、研究機関から高い評価を頂戴しております。

このたび、ついに『らい文献目録』(全3巻)のうち<社会編>をデータベー
ス化し、公開するに至りました。この『らい文献目録』はハンセン病問題に関
する唯一最大の書誌であり、同問題を総覧するために必要不可欠なツールです。
今回のデータベース化では、分類、掲載年、姓名(姓と名を空白で区切ってく
ださい)、フリーキー(キーワードを空白で区切ることで複数項目から検索が
可能です)等の項目を立て、多様な検索を可能にしました。小社ホームページ
から以下の順序でアクセスしてください。

☆データベース>らい文献目録
http://www.libro-koseisha.co.jp/cgi-bin/libro/raisch/raisch.cgi

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●『ハンセン病文学全集』(第1期・全10巻)刊行開始!

『ハンセン病文学全集』(第1期・全10巻)第1巻(小説一)を8月26日に刊行
しました。第1巻では北條民雄をはじめとして計7人・17編の小説を収録。加賀
乙彦責任編集委員による書き下ろし解説つき。ラインナップは以下のとおり。

第1巻 小説一 加賀乙彦責任編集
北條民雄  いのちの初夜/間木老人/癩院受胎/
      吹雪の産声/癩家族/望郷歌
吉成 稔  甘藷
豊田一夫  兄の死
宮島俊夫  癩夫婦/檻のなかに
小泉孝之  愛のかたち其の一/愛のかたち其の二/ビラ配り
沢田五郎  泥えびす/青蛙物語
名草良作  生きものの時/影の告発

「……ハンセン病文学においては、戦争中から戦争直後までの隔離と不治(た
だし、自然治癒もあった)の時代、プロミンによって完治していったあとも
「らい予防法」によって不当な人権侵害が続けられた時代、それ以後の時代と
いうように、患者または元患者の意識が時代によって大きく違っている。逆に
言えば、ハンセン病文学とは、時代の暗部を赤裸に照明した文学なのである」
(加賀乙彦「解説」より抜粋)

■『ハンセン病文学全集』(第1期・全10巻)
編集委員 大岡 信/大谷藤郎/加賀乙彦/鶴見俊輔(五十音順)
装幀 安野光雅
推薦 篠 弘/瀬戸内寂聴/谷川俊太郎/筑紫哲也(五十音順)
A5判上製・各巻平均550頁 各巻定価4,800円+税(分売可)
8月26日より毎月定期配本いたします。第2巻(小説二)は9月26日出来予定

刊行前から反響が大きく、新聞等で取り上げられてきました。

◆6月23日(日)カトリック新聞/「扉を開けて 元気さん」コーナーに、小社
編集部・能登恵美子が登場

◆6月24日(月)しんぶん赤旗/加賀乙彦
「『ハンセン病文学全集』によせて
  〜過酷な状況に生きる証 心打たれる必死な刻印〜」

◆6月28日(金)熊本日日新聞/「患者らが刻んだ生きるあかし
  〜『ハンセン病文学全集』20巻、8月から刊行〜」

◆6月29日(土)図書新聞2587号 7月27日(土)図書新聞2591号/
小社編集部・能登恵美子「みみずく便り」第1、2回を掲載。
毎月1回、1年間の連載予定です。児童作品を中心に紹介。

◆7月8日(月)讀賣新聞 鵜飼哲夫記者「文学史の空白埋める作品群
  〜編集委員の加賀乙彦氏「文壇の無関心猛省、無念晴らす」〜」

◆7月28日(日)東京新聞/
「『ハンセン病文学全集』第1期・全10巻 皓星社が8月刊行開始」

◆7月30日(火)東京新聞/
「安野光雅の文字パレット 第25回 ハンセン病文学全集」

◆8月16日(金)熊本日日新聞/加賀乙彦「多くの才能ある作家たち
  〜絶望の時代から独創の文体へ〜」

◆8月27日(火)朝日新聞/加賀乙彦「戦後の暗部照らし 衝撃
  〜凄惨 切実な願望 ユーモアも〜」

◆9月2日(月)上毛新聞/「埋もれた名作 世に問う
  〜草津・栗生楽泉園から3人収録〜」

◆9月17日(火)日本経済新聞/能登恵美子「「生の証」後世へ集大成
  〜ハンセン病「もう一つの運動」文学全集刊行〜」

◆9月17日(火)毎日新聞/「孤絶の中 魂の叫び
  〜患者らの作品集め『ハンセン病文学全集』〜」

◆「文藝春秋」平成14年10月号/加賀乙彦「草津の重監房」

◆9月22日(日)毎日新聞/有本忠浩記者「文化という劇場」

◆9月24日(火)しんぶん赤旗/「『ハンセン病文学全集』の衝撃」

☆皓星社関連の新聞記事
http://www.libro-koseisha.co.jp/sinbun/sinbun.html


■『ハンセン病文学全集』編集室
http://www.libro-koseisha.co.jp/top17/main17.html
ハンセン病関係目録稿(1920年〜2000年)、編集室新聞「みみずく通信」バッ
クナンバー、編集室日誌(随時更新)など

■『ハンセン病文学全集』WEB版パンフレット
http://www.libro-koseisha.co.jp/TOP-zenshu-pan/PANHU-MAIN.html
編集委員の言葉、推薦の言葉、ハンセン病関連年表など

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●ハンセン病叢書関連ニュース
ハンセン病叢書から新刊を三点刊行しました。

◆<初期文芸名作選>ハンセン病に咲いた花 戦後編
盾木 氾 編著
 A5判・上製・348頁 定価3,000円+税 装幀 藤巻亮一
ISBN4-7744-0281-8 C 0093 
http://www.libro-koseisha.co.jp/top03/rb1023.html

戦前編はおかげさまで好評。6月17日(月)「しんぶん赤旗」の読書欄「本と人
と」、6月30日(日)「北海道新聞」書評欄(評者は『火花〜北条民雄の生涯〜』
の著者・高山文彦氏)にて紹介されました。

「社会と断絶された場所で暮らすわれわれには、守るもの、なすべきものは何
もなかった。ただ、われわれが花を咲かせるとしたら、それは文学だけだった。
暇さえあれば机の上で何かを書いていた内田(静生)さんのように、文学は、
われわれの生きるあかしでした」(「しんぶん赤旗」にて盾木さん語る)

☆飛鳥新社のホームページ(高山文彦著『火花』の版元)
http://www.asukashinsha.co.jp/

◆エプロンのうた 香山末子詩集
榎本初子 編
四六判・上製・306頁 定価2,000円+税 装幀 山崎 登
ISBN4-7744-0319-9 C 0095 
http://www.libro-koseisha.co.jp/top03/rb1024.html

7月30日(火)〜8月1日(木)「東京新聞」の連載・「安野光雅の文字パレット」
で香山さんの詩が紹介されました。
「……香山末子の詩集は、一読しただけで、ある種の贖罪意識のために、うな
だれるほかないものだった」(安野光雅)

◆「らい予防法」で生きた六十年の苦闘 第一部 少年時代・青年時代
沢田二郎 著
A5判・上製・348頁 定価3,000円+税 装幀 三谷靱彦
ISBN4-7744-0281-8 C 0093 
http://www.libro-koseisha.co.jp/top03/rb1025.html

9月14日(土)「讀賣新聞」静岡版に紹介記事が出ました。
「「人の仲間から除かれた」半生〜3部作予定で自分史出版〜」

ちなみに同じくハンセン病叢書の一冊である『とがなくてしす〜草津重監房の
記録〜』の著者・沢田五郎さんは実の弟です。

◆『家族の肖像』の著者である平野暉人さんがホームページを開設しました。
皆様、ぜひお立ち寄りください。URLは以下です。
http://homepage3.nifty.com/akito/

☆ハンセン病叢書
http://www.libro-koseisha.co.jp/TOP-sosho/sosho-1.html

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●編集後記
ようやくメールマガジンを再開することができました。読者の方からメルマガ
の配信は終わったのでしょうか?といった質問メールが来たり、友人からも
「メルマガどうなったん?」と聞かれ、冷や汗のかきっぱなし。今後も続けて
ゆきますので、皆様どうぞよろしくお願いします。

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ださい。

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                               2002.9.30 No40.