2002.2.22 No36
■■■■■■■■■■■■■■■ 皓星社通信 ■■■■■■■■■■■■■■■
隔週刊行
                                                  発行所 株式会社 皓星社
                                    編集長 佐藤健太
                                 info@libro-koseisha.co.jp
                                       http://www.libro-koseisha.co.jp
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●詩人と歌人とナベさんと
           新宿ゴールデン街 「ナベさん」渡邊英綱 

●立ち読み大歓迎!『蒐書日誌』3(近刊予定)を一部公開

●編集後記

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●詩人と歌人とナベさんと
           新宿ゴールデン街 「ナベさん」渡邊英綱 
           

70年代東京、特に新宿は騒然としていた。「ムラ」出身の全共闘、団塊の世代が
丸ごと蝟集していた。まるで掃き溜めの人間の坩堝と化していた。

なかでも新宿ゴールデン街。
都電のレール。角のタバコ屋。通り抜けられます。花園旅館の灯。花園ノ湯。銭湯
帰りのお姐さん。オカマの化粧姿。ちょっと小便の匂い。キャッチのかけ声……。
こう書いてくると、いかにも滝田ゆう描くところのマンガ「玉の井界隈」に描かれ
ている風景を想わせるが、これは、いまから三十数年前の新宿ゴールデン街の夕暮
の風景であった。

文字に書けばなにやら懐かしいようだが,実態は「青線」、ヤクザの麻薬の売買地
帯、妊婦の腹を蹴りあげるヤクザの女房。唐行さんからジャパ行きさんの「娘うり
ます」という売春地帯であったのである。 

ところがどういう訳か、この街にもっとも相応しくない「文化」という魔物を全共
闘崩れが持ち込んできて,街をほぼ占拠してしまったのである。むしろ「街」の首
ねっこを押さえてしまったと言ったほうが解りやすいかもしれない。映画、演劇、
漫画、写真、文学、美術、テレビ、出版、ジャーナリズムその他もろもろ。

そこで「文化」の話を一つ。詩と短歌とナベさんについて。
そんなゴールデン街が沸き返っていた当時、現代詩の世界からは清水昶が詩集『少
年』を、現代短歌の世界からは福島泰樹が歌集『バリケード・一九六六年二月』を
引っさげて相次いでデビュー。「反俗」「反秩序」を旗印に、1970年代を駆け
ぬけ1980年代の半ばまで若手のトップランナーとして走り続けていた。

機縁というものは面白い。三十年前のある日。『週刊読書人』を辞めて暫らくした
ころ。新宿紀伊國屋書店で立ち読みをしている清水昶にバッタリ出会い、久しぶり
の挨拶を交わした。「いまどうしてる?」というので、「ゴールデン街でナベさん
という酒場をやっている」というと「じゃちかぢか寄るよ」とのこと。「お暇なら
きてよね」と言って別れた。ただそれだけ。久しぶりにしては何とも素っ気ない会
話で別れたものであった。

それから数日後、彼は二人連れで階段を上ってきたものである。連れは歌人の福島
泰樹であった。

その時期の彼らの才能と勢いは、多くの追随を許さず、亜流は近寄ればやけどした。
彼らの詩と歌は、世の中、特に若い世代に圧倒的に支持され歓迎されたのである。
だが、80年代後半になると清水は詩壇から離れ、福島は歌壇から総スカンクを食
らい現在に至っている。

思うに、現代詩も現代短歌も、時代の流行が推移すると共に、彼らと時代の間にズ
レが生ずるに至ったのであり、時代のリングから降ろされるのは止むを得ないこと
であった。金融と不動産が跋扈し、談論の風発することのない軽佻浮薄なバブル期。
詩壇からも歌壇からも彼らは外に押し退けられるような形になった。

しかし彼らは,詩壇、歌壇が己れを重んじようが、疎もうが、更に意を介してはい
ない。むしろ意気軒昂である。

一時死んでいた清水昶は、俳人清水甲斐として復活した。インターネットの到来で
ある。これまでの表現媒体が発行部数月3000部という雑誌中心であったのにた
いして、清水昶の掲示板はなんと年間20000件、一月約1600件のアクセス
である。インターネットという新たな表現媒体の世界が顕らかに到来し、それを得
て清水の表現意欲は以前にまして貪欲となった。

清水昶の新俳句航海日誌
http://bbs11.otd.co.jp/1108793/bbs_plain

一方、福島泰樹は、三十年程前から年に4回程度の「短歌絶叫コンサート」を開催
してきたが、歌壇のリングから降りた福島は「短歌絶叫」に一段と力を注ぎ全国行
脚を展開しはじめたのである。月4回という芸能人並みのハイスピードですでに1
000ステージを超えている。さらに、何を思ったか、なんと40歳にして本物の
リングに上がってしまったのである。ボクシングを始めたのである。ただし、試合
は毎回ノック・アウト。

月光の会
http://www4.ocn.ne.jp/~gekko/home.htm
福島泰樹・短歌絶叫〜肉声の復活
http://www.jolf.co.jp/cyber_library/cyberbook/cb3_1.html

彼らが初めて、店の階段を上ってきてから、以来,波瀾万丈の三十年。今や彼らも
還暦をすぎた。それでも月に二回程は顔を出してくれる。有り難いことです。

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■■関連リンク集■■

【ゴールデン街】
新宿・花園ゴールデン街(ただしナベさんは載っていない)
http://www.hanakin-st.net/
新宿ゴールデン街(ただしナベさんは載っていない)
http://www.enfour.com/gold/
ビバ!!! ゴールデン街(ただしナベさんは載っていない)
http://www.after.co.jp/web-after/golden/
尾崎耕之助のゴールデン街探訪(ただしナベさんは載っていない)
http://www.the-shinjuku.ne.jp/CONTENTS/IN/UNDER/GOLDEN/SHINO/
新宿ゴールデン街関連リンク(ただしナベさんは載っていない)
http://www.j-link.ne.jp/~k-minoya/shops/html/golden.html

【ナベさんの執筆活動抄】
☆『国際都市新宿で何が起きているか』 岩波ブックレット 1994年
  http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/2/0032850.html
  ナベは岩波文化人なのだ。
☆『新宿ゴールデン街』 晶文社 1986年(絶版)
☆「書誌学者森銑三からみた永井荷風」(仮題)某誌7月号あたり
 に掲載予定。
☆『続・ゴールデン街』を書き下ろしの予定。

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☆この話題についてのご意見ご感想、情報をぜひ掲示板に!
http://www.libro-koseisha.co.jp/cgi-bin/libro/bbs/minibbs.cgi

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●立ち読み大歓迎!『蒐書日誌』3(近刊予定)を一部公開
 
 某月某日

 今日は神田に下町古書展があるが、五反田の方に五反田遊古展があるので、五反
田へ赴く。一階の均一台にひろいものがよく獲られるからだ。

 収穫、あったようななかったような具合いであった。雑誌「江戸っ子」を二〇冊
ばかり、一冊二百円で得る。私はこの雑誌が好きなのだ。むろん私は江戸っ子では
ない。地方の小都市で育った。大学進学で東京に来たのも、私の志望とする大学が
東京にあったまでで、東京へのあこがれがあったわけでもない。そんな私が「江戸
っ子」を好むのは、その雑誌のなかにあるのが、<幻>の東京であるからだ。たと
えば江戸と言えば、大都会のようなものであったが、強い風がふけば、砂ぼこりで
目を痛めるし、雨が降れば路は泥土になってしまうということを知っている。明治
の時代であってもそうだったろう。いわばこの「江戸っ子」では、そういう側面は
すてられている。江戸・東京の上ずみをとって、編集されている。だからそこにあ
るのは、実際の醜悪部を捨象した、どこにもない幻影の江戸、東京であるのだ。い
わばフィクションとしての<江戸>を私は楽しむわけである。そういう眼を忘れて
はならない。

 (中略)

 帰宅後、『岡本潤詩集』を読み通す。戦後の詩は、私の用語を用いれば、左翼翼
賛会の詩のみ。スローガン詩を読む気になれず。ダダイスト時代の詩がやはりいい。

  口をあけたまま揺れている女車掌
  手をあげたままずりさがってゆく交通巡査
  コンクリートの截断面から砲弾雲がわきあがっている
  《脳壁をかすって消える動乱の幻……》
  おれは轟然たる発射をおもう
  今や おれの可能は せめてこのガラクタの市街に唾を吐きかけることだ
                               「市街1」

 最終の一連にダダイストの限界づけられた意識を見ることができる。そこに、た
だ単に絶叫的破壊主義の詩とならないゆえんがある。そこで、書棚から『岡本潤全
詩集』(昭和53・10・30、本郷出版社、限定六百部)を引き出し、読んでみ
る。やはりダダイスト時代の詩が断然いい。

  センチメンタルな月めが出たので
  あいつは今夜も灯台のテッペンに昇って
  忘れた歌を思い出そうとつとめていたが
  結局――無神経な風景に腹を立てて
  あいつは恋人の風琴を海へ投げこんでしまった。
                               (海・断章)

 こういってよければ覇気がある虚無感が、ある透明な図柄をともなって、私たち
の胸に染み込んでくる。岡本潤の傑作と言っていいのではないか。『岡本潤全詩集』
を読んで見て、初期のアナーキーなダダイスト詩に、やはり深く打たれる。のめり
込むことを恐れず、このあたりにしばらく集中してみるか(なお、『岡本潤全詩集』
の秋山清の「編集後記」をみると、「また巻末の年譜は、これよりずっと詳細なも
のを寺島珠雄が努力してくれたのを、ぼくの一存から簡略にしたことを付言する。」
とある。秋山清もなんということをしてくれたのだろう。私どもは寺島珠雄が『小
野十三郎全詩集』に付した実に克明な、実証家寺島でなければできない年譜を知っ
ている。簡略にされた寺島の無念さを思う)。

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「古本屋に行きたくなって困る」「続きが気になって眠れない」と世の愛書家たち
を身悶え(!)させた大屋幸世『蒐書日誌』(一、二)の詳細はこちらから。
http://www.libro-koseisha.co.jp/top03/rb1139_40.html

『蒐書日誌』三は現在、鋭意編集作業中です。発売日が決定しましたら本通信にて
告知いたします。乞うご期待。

寺島珠雄による渾身の遺作『南天堂』はこちらから。
http://www.libro-koseisha.co.jp/top03/rb1124.html

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● 編集後記

 新宿ゴールデン街の酒場「ナベさん」の主人・渡邊英綱さんにエッセイを寄稿し
ていただきました。残念ながら私、「ナベさん」には行ったことがありません。

 私は詩には疎くて、かといって短歌に通じているという訳でもないのですが、福
島泰樹の短歌はいくつか読んでいます。高校時代に読んで以来、愛読している道浦
母都子の歌集『無援の抒情』に序文を寄せている人物として認識したのが最初でし
た。好きな歌はというと、

  二日酔いの無念極まるぼくのためもっと電車よまじめに走れ
                      『バリケード・一九六六年二月』

  吹雪せり窓の外にも情にも愛しておるよ酒をくだされ
                              『転調哀傷歌』

  中年のボクサーなればジムを抜け走らず飲んでいるよ日暮は
                          『続 中也断唱 坊や』

 なんだか酒にまつわる歌ばかり……よいではないか、酒をくだされ。

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