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第1回「もう死にたい」と言われたら

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職場の後輩(20代・正社員)に「もう仕事を辞めたい、毎日死にたいと思っている」と言われました。

-(30代女性・編集職)

私たちの職場は、残業も休日出勤もなく、福利厚生も完備、給与がすごく高いとは言えませんが、まず世間並みだと思います。もともと対人恐怖症の傾向があるため、電話や対人の仕事は別の人が担当し、彼女は事務を中心に業務分担をするなど、会社としてもできるだけの配慮をしていました。
詳しく話を聞いてみると、仕事の環境や待遇に問題があるのではなく、
「そもそも生きていたくないのに、なぜ生活のために仕事をしなければならないのか」
という「生きること」そのものへの不安と、
「いろいろ配慮してもらっても、ぜんぜん役に立てない」
というプレッシャーが入り混じり、辛い思いをしているようです。
1ヶ月の休職期間を設けたりもしましたが、一向に良くなりません。とにかく今の状況が苦しいので、もう会社を離れたい、と言うのです。

私は希死念慮をもったことも、こういう相談を受けた経験もないので、戸惑っています。
「そんなこと言う人に限って、死んだりしないだろう」とか
「時間と心に余裕があるから、そんな悩みがでてくるんじゃないの?」と、ふとした瞬間に思ってしまい、自分の卑小さがすごく嫌になります。
なにより、皆の励ましが届かないことが、とてももどかしいです。

彼女は非常に実直で、丁寧に仕事をする人なので、気持を立て直して仕事を続けてもらいたいと思っています。
こんな時、なんと言ってあげたらよいのでしょうか。

 

回答 線を引く、という優しさがある

「死にたい」と言う人は本当に死ぬのか


人の命は重いですよね。「死にたい」という言葉を、おそれ、聞きたくないものと感じるのは人の感情として自然なことだと思います。
「そういうことを言う人に限って、死んだりしないだろう」「時間と心に余裕があるから、そんな悩みが出てくるじゃないの」という反応は受け入れがたい恐怖からくるものではないでしょうか。
私自身、希死念慮をもち、自殺企図をしたことがありますが、それでも人から「死にたい」という言葉を聞くと冷や汗をかきます。
それぐらいに影響力のある言葉です。また、実際に危険信号でもあります。
相談者さんは、死にたいと思ったことがない、と仰っていますね。

死にたいという思いを持たずに生きている方も多い中で、後輩の方は「死にたい」という言葉が口をついて出てしまうほどに追い詰められ、「死にたい」ほどつらいと訴えていらっしゃいます。
残念ながら、「死にたい」と言う人に限って死なないということはありません。しかしながら、「死にたい」と言えることが自死を回避する抑止力になることはわかっています。

2016年の自殺死亡率の統計を見ると、女性より男性の方の既遂率が高いことがわります。
自殺死亡率の推移:2016年自殺死亡率の推移:2016年

既遂率というのは、自殺が未遂におわらず、死に到ってしまう確率のことです。このような結果になっている理由は、男性の方が「死にたい」という気持ちを周囲の人に言えないからだ、とされています。後輩の方は、幸運なことに口に出して相談できているのですから、まずは、そういう言葉を聞いたときは、「死にたいぐらいにつらいんだね」と気持ちを受け入れてあげるのが一番だと思います。

親身になりすぎると、相手を追い詰めてしまう

ここから具体的にどうしたらいいのかということについて、一緒に考えていきましょう。
まず、対人恐怖症にはいろいろな原因があり、そして症状も多様です。「いろいろと配慮してもらっても、ぜんぜん役に立てない」という発言がありますね。もしかしたら、後輩の方は、幼少期に孤独な環境で育ったのかもしれません。
幼少期に無条件の愛情を受けられなかった人は、他人に受け入れられてしまうと逆に不安が大きくなり、自己肯定感が低くなってしまうことがあります。無条件で愛情をもらったことがないために、何か対価を返さなければと焦り、返せないということに消えてしまいたいという気持ちを募らせてしまうのです。

この場合、親身に要望を聞けば聞くほど、後輩の方が追い詰められるとともに、相談者さんが背負いすぎてしまうということになりかねません。その状態を回避するためには、相談を聞く際に「枠」を作っていくことが大切になると思います。「枠」を作るとは、ここまでは受け入れられます、ここからは無理ですと線引きをするということです。

「枠」を設けてしまったら相手を拒絶することにならないだろうか、とお感じになるかもしれません。しかし、「ここまではオッケー」とわかると逆にそこまでは本当に大丈夫なのだという安心感を持つことができるようになるのではないでしょうか。

 

素直な気持と感謝を伝え、最後は受け入れる

まずは、上司と部下という立場に立ち返って、親身にはなるけども、相手に合わせ過ぎないこと。会社としてここまではできるということを明確にしてあげることをおすすめします。
そして実直で丁寧な仕事に助かっていることを、折々に伝えてあげましょう。
会社を辞めたいとのことですが、本気かどうかの確認のためにも何度か引き留めてみましょう。ただ、それでもやはりということであれば、質問者さんの「残念だ」という気持ちを伝えながら、退職を受け入れてあげるしかないと思います。もしそのうえで、再度雇用することができるなら「待っているからね」という姿勢でいてあげるのが一番安心できるのではないでしょうか。

相談者さんは、ご自分の葛藤を卑小だとお感じになったようですが、むしろ逆です。心を砕かれたからこそ、後輩の方も心の不安感、辛さ、孤独感などを打ち明けられたのでしょうし、質問者さんのこのような悩みも起こったのです。背負い込み過ぎないようにしてくださいね。
まずは会社として何ができるのか、どこまでできるのか明確にするのをおすすめします。そして、そのことを優しく、また毅然とご本人に伝えてあげてください。よい方向にいくといいですね。

 

 回答:松本麗華(まつもと・りか)
松本麗華(まつもと・りか)1983年4月生まれ。執筆の他、インストラクター、カウンセラーとしても活動。文教大学臨床心理学科卒。日本産業カウンセラー協会、日本人間性心理学会所属。2015年3月、自身の半生を振り返る手記『止まった時計』(講談社)を刊行。好きなことは、人間、探求すること。批判されても、褒められても頑張るタイプ。でも、褒められると喜ぶ。目標は好きなことを増やすこと。

ブログ:お父さん分かりますか?
Twitter:松本麗華@RikaMatsumoto7