三匹のメダカの話
椿 実

 去年の夏、ヒメスイレンの鉢を買い、プランターの中に入れて、バケツ二杯ほどの水をはりました。黄色い花が午前中に咲いて、夕方には閉じますと、まずミジンコが発生します。カワニナという小さな巻貝も出てきて、ウキクサも発生し、驚いたことには、小さなメダカが生まれて、二匹と思っているうちに、三匹になりました。ミジンコは大発生して、プランターの中はミジンコで一ぱいになりましたが、これがだんだん減ってゆきます。
 メダカが食べてしまうのです。ミジンコの姿が見えなくなった頃には、三匹のメダカは一センチほどに育ちました。プランターの底にはスノコが入っていますので、猫などが来ると、メダカはすばやく、スノコの下にもぐってしまいます。シジュウカラやスズメが水を飲みにきますが、鳥たちはメダカに興味はないようです。「鶏が先か卵が先か。」という古典的議論がありますが、プランターの小宇宙を見ているうちに、「卵が先である。」ということに気がつきました。親のメダカは、このような環境の激変には耐えられないからです。秋になり冬になり、メダカを不忍池に放してやろうと思っているうちに、大雪が立てつづけに降って、プランターは完全に凍ってしまいました。メダカはもうだめとあきらめて、泥水のまま放っておいたのです。ところが、今年の春、宝石箱のように、緑のモザイクとなって芽を出したスイレンの周りには、二・五センチほどのメダカが三匹、スイスイと泳いでいるではありませんか。冬は完全に凍結して、零度となり、真夏にはお湯のようになってしまうバケツ三杯の水です。だが、アオミドロの間にはメダカ二世が生まれ続けているのです。生存には環境の激変に耐える力が必要です。環境の悪化に神経質になるよりは、耐性を養うことがわれわれの健康です。近頃とみに暑さへの耐性が乏しくなったのは、老年のせいではなくて、クーラーのせいだということにしています。

「健康」 一九八四年十二月