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稲葉上道君らの国立ハンセン病資料館「不当解雇」問題について【4】――大竹章、志村康、太田明さんらのインタビューを読む。付・田中等君の戯文を読む。

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2020年10月25日

稲葉上道君らの国立ハンセン病資料館「不当解雇」問題について【4】――大竹章、志村康、太田明さんらのインタビューを読む。付・田中等君の戯文を読む。

藤巻修一

【はじめに】

かつて詩人の村松武司はハンセン病療養所栗生楽泉園の詩話会の選者に就任した時、「いま、あなた方との間に横たわる河と崖とを越えるとするならば、植民者、軍人、その他もろもろの自分の現代史の中のふるき勝利、新しき受益と戦うこと以外にありますまい。それはあなた方の作品から学ぶことからはじめられるでしょう」と書送った。村松は指導するのではなく、まず自らの問題として学ぶことから始めようとした。

同じ頃、俳句の選者になった大野林火は、時の園長に「魂と魂のぶつかり合いでいきます」と語った。そして最初の選評に「病苦に甘えた悲劇の押し売りはやめてもらいたい」と書いた。

しかし、そうした姿勢こそが「この選者は真剣に自分たちと向き合っている」と入所者の信頼をかち得た。入所者からの信頼の厚かったこの二人に共通するのは、対等な人間として対峙しようとする明確な姿勢と安易な情緒を排した高い精神性だ。入所者も文芸指導者も若く精神の健全な時代だった。いま、ことに国賠裁判以降、「入所者」「支援者」双方から失われてしまったのはこの健全な精神ではなかろうか。

我々は先人の精神性に及ぶべくもないが、ずっと学ぶ姿勢は崩さずきたつもりだ。そんなことを想起しながら下記を書いた。

【前回までを確認】

この問題の本質は、稲葉君が長期にわたって君臨してきたハンセン病資料館のオリのように澱んだ古い体制に対する現場の学芸員たちのたまりかねた「改革運動」であることは前回までに述べたところだが、稲葉君の擁護者たちは、擁護する理由を「勤続18年のベテラン学芸員」とか「熱心な学芸員」とか抽象的で空疎な表現に終始するしかないのは当然のことだ。問題の本質が「改革」であってみれば、稲葉君を擁護するならば稲葉君の18年間の実績と正当性をあげ、「改革」の不当性を挙げるしかないのだが、無理筋の擁護だから見当違いだったり「全療協ニュース」のように支離滅裂で乱暴なものにならざるを得ない。

さらに、今回の問題を「支援する会」や衆議院の阿部知子議員の国会質問のように「雇用体制の不安定」が原因と一般化するが、これは稲葉君だけの問題でもなく今回の問題と直接関係ない。18年間当の稲葉君が正面から問題提起しないで、始めは館長についで館長から乗り換えた全患協のボスに取り入ることで保身を図ってきたツケでもある。

以下に「支援する会」のホームページ上で紹介されている大竹章(多磨全生園)さん、志村康(菊池恵風園)さん、太田明(菊池恵風園)さんのインタビューを読んだ感想を述べてみたい。屋猛司(邑久光明園)さんの発言はあまりに次元が違うからここでは触れない。

また、稲葉君の「署名活動」を長島愛生園、星塚敬愛園自治会は同調しないことを表明しているし署名を撤回した自治会長もいるやに聞いている。自由であるべき署名を園内放送で全入所者に「要請」という名の強要(園誌「楓」九月号)するような非常識な邑久光明園執行部は知らず、スジを通すことで知られる3人が揃って「支援する会」に絡め取られているのも残念なことではある。

このインタビューはインタビュアーが誰であるか明らかでない。意図的で誘導的な質問を重ねている以上、名前を明記してその責任も明らかにすべきだろうということも指摘しておききたい。

【太田明さん】

https://against2020hansens-issues.info/archives/237

太田明さんは「稲葉さんを追い詰めて孤立させなければならなかったのか」として、その原因を2018年の学芸部を廃止して事業部制にしたことで「展示重視から啓発事業重視」に転換したことが背景にあると言うが、「展示」と「啓発」は二者択一ではなく両立させるべきものであることは自明だからなんとも苦しい。しかも両者の言い分があまりにかけ離れているとしながら稲葉君の「パワハラ」や「ネグレクト」の主張に対する学芸員の反論を「誹謗中傷」というのは「支援する会」の用語そのままだし、インタビュアーが「今回の不当解雇に関しては、資料館の受託、雇用期間の短さにも原因があるのでは」という様な誘導を随所でしているので、太田さんの正確な発言かどうかわからない。

その他の話の大部分は、資料館の設立から資料館が国賠裁判に果たした役割など、当事者でなければ知りえない証言もあって興味深い。さらに、菊池として菊池の資料は現地で保管する事、すなわち当事者で管理することは、我々が一貫して支持してきた考えだから大いに同意するところだ。「当時から菊池と長島(愛生園)、資料の提出に協力的ではないと批判されました」という証言も興味深い。菊池はよく知らないが、愛生園は秋山正義さん双見美智子さんの伝統もあって宜なるかなと思うし、現在、愛生の「歴史資料館」と「国立ハンセン病資料館」は友好的に運営されている。この関係が各園の交流会館とハンセン病資料館で広く作る方向が建設的だと思うが稲葉問題であらぬ方向に行くところは残念なところだ。最後に「多磨の国立ハンセン病資料館に負けないものにしようと頑張っていますよ」というちょっと力んだ結びの言葉は微笑ましい。

要するに、インタビューの中では「稲葉問題」は大した問題ではなく、太田さんの関心はハンセン病関係の資料の管理運営の原則論であってこれ自体は大変貴重だ。「稲葉問題」の苦しい論理展開はそのまま太田さんの全療協の副支部長という苦しい立場を物語る。しかし論旨はどうであれ自治会副会長という立場は「ハンセン病資料館の不当解雇学芸員を支援する会」に「支援者インタビュー」として使われている。そのことに無自覚的すぎる。

【志村康さん】

https://against2020hansens-issues.info/archives/239

志村さんは「支援者インタビュー」を受けてはいるが自治会長も全原協の会長の肩書きも名乗っていない。そこに、志村さんなりのスジの通し方を見る。

志村さんも館長問題に話を逸らす。「名誉職」である館長をすべての実権を握るかのように言うことで混乱の責任を館長に帰そうとする。また、太田さんと同じく学芸部を事業部に改組したということを持って「学芸部」を軽視するという形式的な展開も「全療協ニュース」そのままなぞったもので、おそらく情報源は「全療協ニュース」だけなのであろう。

要するに「稲葉擁護」を決めた全療協の下部組織としてのお役目を果たしているに過ぎない。(なぜ全療協が過剰にこの問題に首を突っ込むかについては前回の「『全療協ニュース』を読む」で触れた)

そして話の大半は、太田さんと同じく資料を現地で管理することの意味と決意を語っている。それには何も異存はない。従来、我々が主張してきたことである。

しかし、資料館の運営に関する論議は、運営委員会や統一交渉団の中で議論すればいいことであって、「稲葉問題」を論ずべきところに「一般論」を持ち込むのは、無意識とは言え話のすり替えには違いなく、周囲の白眼視にも負けず国賠裁判の原告としてスジを通した志村さんらしからぬと思う。肩書きを外して個人の資格でしがらみに対峙したということかもしれないが、世間はそうは見ない。「自治会長」であり「全原協」の会長としてみる。発言は「ハンセン病資料館の不当解雇学芸員を支援する会」に「支援者インタビュー」として利用されている。「支援する会」は、趣旨などどうでもよく、立場への配慮もなく、ただ名前が欲しいだけなのである。

【資料の現地保存】

二人のインタビューに共通するのは、「菊池の資料は菊池で管理運営する」という強い意志だ。このことには全く同感であり、この思いは「我々の資料は我々で収集管理しなくてはハンセン病の歴史は隔離を勧めた側の資料で書かれることになってしまう」という、長島の秋山正義さんや双見美智子さん、多磨の松本馨さんやその意を受けた山下道輔さんの思いに遡る。我々が2007、8年頃、国立ハンセン病資料館のリニューアルに伴い「ハンセン病図書館」の閉鎖、所蔵資料の国立ハンセン病資料館ヘの移管に反対したのも全く同じ理由による。しかし、今となってはハンセン病資料館と各園の交流会館(歴史館)は対抗するようなものではなく、互いに独立しながら緩やかに連携して全体としてその目的を達成していくものではないか。

志村さんや太田さんともあろうものが「稲葉問題」に絡め取られることで、引っかかったゴミが川の流れを変えることもあるように、資料館と交流会館の対抗構造を作ってしまったことは残念なことだ。

【大竹さんのジレンマ】

https://against2020hansens-issues.info/archives/202
https://against2020hansens-issues.info/archives/204

太田さんと志村さんの「菊池の資料は菊池で管理する」という発言を「補助線」に大竹さんのインタビューを読み直せば、一貫した論旨の大竹さんの発言中論旨が乱れ矛盾する部分の理由が透けて見える。

大竹さんのインタビューの前編は「多磨自治会長・松本馨氏の発案から始まったハンセン病資料館構想」「高松宮をめぐる異論と議論。世界にも希な資料館は手作りでつくられた」と続き、それは資料館草創期の貴重な証言なのだが、これは稲葉君入館以前の話なのでこれは「稲葉問題」と関係はない。

後編は「現在進行形の資料返還と不当解雇問題。国立という名称の持つ本当の意味とは」「文書返却のトラブルと不当解雇。資料館は何処に向かおうとしているのか」と続くが、見出に強引に「不当解雇」と付け加えているが、大竹さんの主張は「資料返還」につきる。

しかし、これが奇妙なことは「『全療協ニュース』を読む」にも書いた。資料の移管に大竹さん自身関与しているからだ。

大竹さんは「ハンセン病図書館が閉鎖され、行き場を失った資料を一時資料館に預けただけだ」から返還を求めるという。「閉鎖され」と受身で主語不明なことを言うが、「閉鎖」の主語は当の「多磨全生園自治会」であって図書館の閉鎖も資料の移管も自治会自身の機関決定によるものだ。記録もある。菊池や愛生と違って多磨全生園とハンセン病資料館は敷地も隣接するしまさに自分たちが作った資料館として移管に躊躇なかった。事実、国立移管後、佐川修さん、平沢保治さんという歴代自治会長が「語り部・運営委員」として大きく参画している。

従って菊池恵楓園や長島愛生園の例を見て「早まった」と後悔しても、正面切って「返して」とは言えない。そこで稲葉問題を奇貨として「混乱している資料館に預けておけない」と主張しようとする胸の内は理解できないわけではない。

しかし、大竹さんが本当に「多磨全生園の資料は当事者である多磨で管理するべきだ」と思うなら移管の事実は認めた上で、自治会として正式に機関決定して「返還」の交渉に臨むのがスジだが、現在の自治会は移管決定当時よりさらに高齢化が進み、声の大きな数名の意向で「決定」がなされていて、入所者の総意かどうか疑わしい。さらに菊池のように組織的な受け入れ準備が整っているとも思えず、現在、資料は「国有財産」であってみれば、現場の一部長の意思でどうなるものでないことは子どもでも分かる道理だ。直接資料館に乗り込んで大声を上げる様な駄々子ぶりは頂けない。

また、志村さんと同じく「資料館は資料を展示し、歴史的事実を示すという一義的な役割を果たそうとしていない」というのだが、啓発活動を通じて来館者を増やさなければ展示した資料も意味を持たない。現在の資料館が展示を廃したり軽視したりする事実があれば別だが、展示と啓発は二者択一というようなものではなく、車の両輪ではないか。

さらに、大竹さんが問題視する資料館のあり方にしても、ここ数年の問題ではなく稲葉君の主導した18年間のできごとであって、今後の資料館の展示については「運営」の受託団体にすぎない笹川保健財団が決定できるものではなく、運営委員会や統一交渉団や外部有識者が加わったしかるべき機関で話し合われることになっていると聞いている。笹川保健財団が展示内容を歪めるかのようないい方には「全療協ニュース」も含めて多分に意図的なミスリードがあるようだ。

【稲葉君に】

全療協の権力にすがりハンセン病療養所の「ムラ社会」のしがらみを利用して己の保身を図ろうとする稲葉君の行為に冒頭の先人たちの精神性は望むべくもないが、いやしくも関係者としては個人的利害で療養所内に分断の種を持ち込まないのは最低限の作法ではないか。全会一致するまで話し合うという全療協民主主義が稲葉問題で崩壊したとは言わないが、現に賛否ある問題を「規約」をたてに全療協執行部が多数決で押し切っている現状の一端の責任は稲葉問題にあることは間違いないだろう。

また、稲葉君が自己保身のために慌てて作った組合ホームページで大上段に述べているような「ハンセン病資料館が(略)患者・回復者の主体性と尊厳を重視し、意向を尊重し、またそれぞれの館の設立目的や役割を堅持し、ひいては社会にとって有意義な博物館施設であり続けるために」自分こそがそれを追求していて、現状がそこから逸脱しているかのように事実を逆転させた主張をし、単なる復職要求ならともかく、復職させて資料館を自分が気ままに振舞った「元のあるべき姿に戻せ」と言っている以上、魯迅の言うように「落水狗は打つ」しかないであろう。

【監視カメラとは何か】

https://blogos.com/article/491706/

【稲葉君に】を結びとして終わろうとしていたら、10月の都労委に「〈国立ハンセン病資料館不当解雇〉組合員を監視カメラで日常的に監視、組織ぐるみの明白なハラスメント」として準備書面を提出したことが報告されている。事実とは異なる「不当解雇」のような言い換えと同じく、不法行為を連想させる「監視カメラ」というような仰々しい書き方は組合運動家の常習的な印象操作であって、こう書けば24時間モニターの前に監視員が座って稲葉君らを監視しているような陰湿なイメージを想起させるが、これは組合側も認めるようにごく普通の防犯カメラであって、何かあったとき映像を再生・分析するのは防犯カメラの目的そのものである。この時、「何があったか」は次回の資料館側の反論で明らかになるだろう。報じられるように暗号名(笑)を「酌婦」としたのはいささかいき過ぎだが「地蔵」なぞ侮蔑語とは思われぬ。強引に言えば「酌婦」を侮蔑的とするのは「職業差別」だし、地蔵に至って地蔵菩薩を信仰する善男善女は怒るだろう。

それよりも、このデータの入所経路は明らかにして欲しい。

【最後に】

この一連のインタビューの流れから言えば、映画「あつい壁」の中山節夫監督や20年前の「ハンセン病・国家賠償請求を支援する会代表」の肩書を引さげた田中等君も登場するかもしれない。監督は知らず、国賠裁判当時あれだけ熱心に支援活動をしながら「裁判が一度終結すると恰もハイエナのごとく蝟集してきた政治家、学者・文化人などの支援者と称する人たちと弁護団の浅はかなヘゲモニー主義。宗教者たちの文字通りセクト主義」にうんざりしてハンセン病問題から撤退したという田中君がどんなアクロバテックな論理展開するか注目したいところだ。まさか「不当解雇」や「日本財団」というような凡百と同じ表層に脊椎反射したものではないとは思いたいところだ。

「監視カメラ問題」に【最後に】などと蛇足を連ねて本当に終わろうとしたのは10月20日のことであった。仕事もあって4、5日寝かせている間に田中等君の文章も発表された。ついでに田中君の文章にも触れておきたい。

【田中等君の文章】

https://against2020hansens-issues.info/archives/255

田中君はインタビューではなく自分の言葉で稲葉擁護を展開しているのはさすが元組合活動家である。空疎な内容に扇情的な見出しを付けるデマゴーグ的な才能も遺憾なく発揮されていて面白い。

しかし、ロートレアモンなど引いてペダンティックで、見当違いなジャブを繰り出しつつ展開する饒舌体は何時もの田中節だが、危惧した通りいかにも元組合運動家らしく「反権力」を気取った「不当解雇」への脊椎反射以外の何ものでもない。が、それで終わっては愛想ないから二三指摘しておきたい。

まず、この問題に田中君の名前が登場するいきさつだが「名前くらい出していいよ!」と「なにかの拍子に気軽に応じた」という大物気取りの軽率さだが今となっては誰も知ることのない田中君の名前などどうでもいいのだ。問題は物置から引っ張り出して埃を払った「国家賠償訴訟を支援する会代表」という二十年前の看板だ。当時はこの看板の下に多くの支援者が集まった。その支援者がそのまま稲葉君の支援者でないことは明らかだ。「支援する会」が欲しいのは田中君の名前ではなくその肩書きであることは元組合運動家なら知らぬはずはあるまい。

また「田中君が裁判以降のヘゲモニー争いに敗れた」と書いたのは晩節を汚さぬように忠告した小生のメールに違いないが、それは客観的な事実で田中君はそれではプライドが許さないから、「レプラ・ディレッタントに嫌気が差して撤退した」と言い張っているだけである。もっとも、嫌気が差した理由として列挙している事柄に対しては小生も同意するところだ。

ついで「失われた資料館を求めて」という仰々しい小見出しにつられてみればなんのことはない、かつては事務室にも会議室にも自由に出入りできたことを懐かしんでいるらしい。一般の入館者が気ままに事務室に出入りする訳もなく、その事務室において指摘されてもなお学芸員の基本中の基本である収蔵品のメタデータの作成さえ怠ってきた稲葉君の18年間を我々は批判しているのだが、田中君は、かつて稲葉君と馴れ合って事務室内をウロウロできた「特権」を懐かしんでいるに過ぎない。

さらに次の小見出しはもっと仰々しく「権力とタッグを組む卑劣きわまる人びと」という扇情的なものだが、論ずべき内容はなく資料館の改革派学芸員が「卑劣きわまる人々」だという見当違いな「誹謗中傷」しているに過ぎない。しかし、「権力」と言えば「国家権力」しか頭にない単細胞には、稲葉君達がタッグを組む全療協執行部や療養所内の権力構造はまるで見えていないようだ。

次の「遅れてきた饒舌屋さんのお便り」は僕のことだ。何が「遅れてきた」かしらないが、饒舌家の田中君に饒舌屋呼ばわりされて苦笑いだ。ここは僕の文面も引用されているし読む人の判断に任せて次に行こう。

最後は、論証なしに「ケツロン―稲葉さんたちを資料館に戻せ」として「おおらかで明るく楽しい職場づくりに勤しんで」「同じ土俵に立ってアレコレと相互批判すべき」と能天気でゆるいことを言っているが、稲葉君の過去の行状と、単なる復職要求ならともかく、復職させて資料館を自分が気ままに振舞った「元のあるべき姿に戻せ」と言っている以上、妥協の余地はないことは上記で述べたとおりだ。

 

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