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「全療協ニュース」をよんで -この度のハンセン病資料館の元学芸員・稲葉上道氏たちの「不当解雇問題」に際して

2020年9月1日

「全療協ニュース」をよんで
 -この度のハンセン病資料館の元学芸員・稲葉上道氏たちの「不当解雇問題」に際して

文責・藤巻修一

前回の『この度のハンセン病資料館の元学芸員・稲葉上道氏たちの「不当解雇問題」について私たちは以下のように考えます』を草するにあたって『全療協ニュース』を読む機会を得た。普段から読んでいるものではないので誤読を恐れるが、多少思う所があるので感想を書いてみた。一読の上、忌憚のないご意見を賜れば幸いです。前回はA4一枚にまとめるため簡潔な表現を心がけたが今回は例証が必要になるため長いものになった。

またあくまで筆者は外部の人間なので『全療協ニュース』と公表された事実及び極めて限定された自分の見聞以外の情報源は持たない。資料館有志による反論や、耳にする「噂」は「援用」しない。ただし、『全療協ニュース』に補助線として「支援する会」の主張を当ててみる。そのことによって見えてくるものがあるかも知れない。文末に(イナバ)とあるのがそれである。

 

【前史】

2016年2月。平沢保治(多磨全生園入所者で国立ハンセン病資料館運営委員、語り部)氏による稲葉氏に対するパワハラ、侮辱、名誉毀損が始まった(イナバ)という。

平沢氏の稲葉氏攻撃があったとして、稲葉学芸員との軋轢の結果、平沢氏は日本財団に辞表を出して語り部を辞任している。これがパワハラと言えるのか。稲葉氏の勝利ではないか。2018年の佐川修氏逝去と同じ「語り部」であった平沢氏を辞任に追い込み、結果的には「当事者」二人が資料館からいなくなったことになる。

平沢氏は全生園の入所者で自治会会長(全療協支部長)である。全療協にとっては仲間中の仲間ではないか。平沢氏の辞表が日本財団に受理された時、全療協執行部はなんの問題提起もなくだんまりを決め込んでいた。全療協執行部はこの構図には関心はなかったようである。

また、日本財団のホームページ〈Leprosy jp〉の「People/ハンセン病に向き合う人々」(2017年)のインタビューに藤崎陸安全療協事務局長は、全療協の課題は「入所者の人権問題と医師不足」と答えていてこの時点では「ハンセン病資料館」には関心がない。突如として関心を示すようになるのは翌年のことだ。

 

【問題の登場】

2018年5月号の『全療協ニュース』の「ハンセン病資料館問題」は唐突に「最近全療協の主体性が損なわれているのではないかと指摘を受けている各施設の交流会館、歴史館を含む資料館問題」として登場する。「主体性」とは何を指すのか、具体的に何が損なわれているか書かれていない。しかし、同年6月号以降連続して「全療協に相談なく」資料館で行われた「機構改革」「人事異動」によって資料館内に混乱と業務の停滞が生じその結果、資料館の「主体性」が損なわれていると論じている。

資料館の人事が統一交渉団を飛び越して全療協に「相談」する前例や決まりがあるのかは知らないが、確かに口を挟まれては資料館の「主体性」が失われるだろう。

 

【機構改革の中身】

最初に全療協の主体性が失われたとしながら、後になると資料館の主体性が失われたという混乱は御愛嬌だが要するに同じことを言いたいのであろう。読み進むと、具体的に全療協執行部が問題にしているのは、資料館側が、黒尾学芸部長・稲葉学芸課長体制を解体して、事業部・管理部に改編だと知れる(18年11月号)。これが全ての発端のようである。実際に解体されたのは2018年3月(イナバ)である。またこの時期は稲葉氏の「セクハラ、パワハラ、ネグレクト」を受けたと主張する時期と重なるが『全療協ニュース』はこれを全く問題にしていない。

全療協執行部が擁護する黒尾学芸部長・稲葉学芸課長体制だが、三つの点で外部からは奇妙に映っていた。

一つめは、学芸課が複数ある大規模博物館なら知らず、単独の学芸課の上に学芸部長がいるヒエラルヒー構造である。この二重構造には組織的には意味はなく、単に序列を強調しているものに過ぎず、本来、学芸員はその専門性に基づいて対等に業務を行うから多くの博物館はフラットな態勢を取っている。

第二にその専門性である。「隔離の被害」を扱うハンセン病資料館は対象が近現代であるにも関わらず、要になる「部長」の専門は縄文時代が対象の考古学だということである。資料館就職までハンセン病については門外漢だったという。そもそも採用にさかのぼって疑問が残る。全療協執行部の主張するようにキャリアが必須とすれば稲葉氏が最古参の学芸員である。しかし専門外の黒尾氏は資料館に入って日をおかずに稲葉氏の上司となる学芸課長に就任し、さらには資料館ナンバー2の学芸部長に昇格し稲葉氏はその下で学芸課長を務めることになる。

第三に、黒尾学芸部長と稲葉課長は大学同窓の先輩後輩であって、いわば学閥の序列が持ち込まれたことになる。これがどう作用するか外部からは知る由もないが、一般的に学閥の弊害は指摘されるところである。

 

【弊害の虚実】

そして学芸部解体の結果、資料館内に混乱と業務の停滞が生じているという。具体的には2019年2月号で幹部3氏が学芸員資格を持っていないと指摘。「これでは専門的知識を必要とする管理業務が遂行出来るわけはない」「組織としてのガバナンスが確立していない。マネジメントの面でも明確でない」「そのことが原因で多くの混乱と業務の停滞招いている。そのことが資料館の主体性を損なう結果」と論を積み上げている。(2019年4月、2020年2月等にも同様の指摘がある)しかし、例えて言えば病院の理事長が医者である必要はないのと同じであるし、そのことが自体が混乱と停滞の理由にはならない。

現在の資料館は、学芸員をヒエラルヒー構造に組織した閉鎖的な黒尾体制に比べ、適切なマネジメントのもと学芸員の専門性が担保され相互にリスペクトし合いながら協業するというフラットで民主的な関係が構築されていて、有効に機能しているように見える。すなわち、ガバナンスにおいてもマネジメンにおいても支障がないのが「客観的事実」なのである。全療協が他組織にそこまで立ち入って介入するのは異様であると言わざるを得ない。

また、現在の活発な「社会啓発活動」だが、その内容に問題があって、加害の実態が盛り込まれていないと批判する(2018年6月)。しかし被害加害の問題点を押さえた上で多様な観点からの啓発が必要なことは言うまでもなく、日本財団のホームページによると、2016年12月には「トークイベント 嗚呼、新良田教室野球部!」という好企画が、黒尾学芸部長の司会で藤崎事務局長(ファースト)、平野智氏(セカンド)ら元球児の出席のもとに開かれ「ひと夏の冒険」を熱く語っているではないか。

 

【入札制度をめぐる迷走】

しかし、『全療協ニュース』はあくまで「弊害」があり、それらの原因は入札制度によるとして、2018年11月号には「国の直営あるいは直轄」、2019年1月号の森会長の新年挨拶では「直営」を、2月号でも「直営」を国に要請している。しかし、2019年4月号一面になると一転して「法人組織立ち上げは急務 資料館の主体性守る為に」として運営の受け皿に「法人組織」を立ち上げることを支部長会議で提案し、反対や保留する支部があったものの多数決で決定したとしている。まるごと国に委ねる、「直営」「直轄」の危うさに気づいたのであろうが、簡単に資料館を直接運営できる「法人」あるいは国の「受託基準」を満たす「法人」を設立できると思っているのであろうか。こうしたことを統一交渉団の議によらず全療協が突出して要求・提案しているのはなぜか。思いつき的に迷走していると言わざるを得ない。

また全療協の性格上、決定は全会一致が原則であって、過去に全患協(当時)が一度も「らい予防法廃止」を機関決定できなかったのは、「らい予防法」が処遇の根拠法であるとしてその廃止に不安を持つ支部があったためではなかったか。国賠裁判に全患協が判決直前まで支持表明できなかったのもそのためと聞く。事実、国賠裁判の終盤の報告集会で、神美知宏事務局長が「(全支部の)足並みが揃うのをジリジリする思いで待っていた。やっとこの場に立つことができた」と挨拶するのをこの耳で聞いている。あの神事務局長でさえ尊重せざるを得なかったこの原則が、藤崎事務局長体制になっていつの間にかなし崩しにされているようだ。

 

【受託団体】

また、2019年2月号には、運営受託者が日本科学技術振興財団(科技団)から日本財団に変わった2016年厚労省を訪ねなぜ変更になったかを質し「日本財団の受託には反対である」との申し入れをしたとある。これも、外部から見ると不思議なことである。日本財団はハンセン病問題に関しては実績もあり、2017年には日本財団のホームページ〈Leprosy jp〉で藤崎事務局長もインタビューに応じている友好団体ではないのか。財政的基盤もしっかりしている。ハンセン病と直接関係のない科技団より歓迎すべき筈である。科技団から日本財団に変更になった2016年の時点では『全療協ニュース』は取り上げて問題にした気配はない。すべては2018年3月の黒尾学芸部長体制解体を境にしている。科技団で7年間「ほぼ正常の形で運営されてきた」という。全療協の関心が全て人事面であってみれば、この「正常」の意味するところは資料館内部の人事をそれまで科技団が黙認ないし追認してきたということであろうか。

 

【唐突の館長人事】

さらに唐突に資料館館長人事を問題にしている。その前段階として2019年1月、4月の館長訓示がパワハラ的であったという(イナバ)。それに対して即座に全療協が反応している。2019年4月号で初めて取り上げた館長問題だが、翌5月号一面で「国立ハンセン病資料館館長人事で 厚労省に全療協本部が抗議」と会長不在時にもかかわらず藤崎事務局長が前面に立って厚労省に出向き館長人事の不当性について強く抗議したと報じている。ここで奇異なのは、全療協執行部は稲葉氏の主張は問題にせず、館長が高齢で任に耐えないとして解任を求めていることである。

この超高齢という館長解任要求の理由と、高度に専門的な資料館の管理運営には学芸員資格が不可欠という2019年2月号の主張のベクトルを合成すれば、次期館長には現役の学芸員の内部昇格を示唆していることになる。

しかし、現在の成田館長は多少の権限はあっても無給に近い名誉職であって終身が暗黙の了解事項だったはずである。高齢を言うなら初めて館長になった時には既に80歳近い。こういうことは「任期満了」まで静かに見守るのが大人の態度というものである。

また、2020年2月号では、昨年9月の稲葉氏らの労組結成を報じて、ついで4月号で、運営受託が笹川保険財団になったことを報じ問題が二点あるとしている。その一としてまっさきに館長問題を上げ、二番目がふたりの学芸員の不採用を上げている。ふたりの不採用の理由は「労組つぶし」であろうという稲葉氏側の主張をなぞった通り一遍のものである。この順番に軽重があるとすれば全療協は「不当解雇」より「館長問題」を重視していることになる。

 

【資料管理に問題】

2018年6月号の「資料館問題について」の記事の中で、大竹章さんが「資料の保管等に大きな疑問がある」としている。確かに、我々もこの問題は資料館の初期から問題と感じてきた。この問題はふれあい福祉協会、日本科学技術振興財団(科技団)の歴代運営受託団体を通しての現場の問題であり、学芸員は一貫して稲葉氏である。大竹章さんは筆者の尊敬する入所者の一人だが、この発言を切り取って資料館の頭に「運営は日本財団が受託」とわざわざ付け加えて日本財団が受託以後この問題が発生したかのような記事の書き方はフェアとは言えず大竹さんに失礼である。この記事は、2020年8月号の「多磨全生園の古文書類と国立ハンセン病資料館」の伏線だったようだが、当該記事が伝えるところによると、多磨支部の一部役員が「資料の返還」を求めて、手続きを無視してハンセン病資料館に直接乗り込んだというのである。

この記事も異様である。

第一に、組織の中央機関紙である『全療協ニュース』が一支部の一部役員による非公式な行動を掲載すること自体が異例であり、記事によるとその手続きを無視した非公式な行動は実力行使寸前まで行ったようである。

第二に、2018年6月号と同じように資料館開館当時から問題視されてきた稲葉学芸員及び黒尾学芸部長の時代の資料管理、すなわち日本財団以前の状況を、あたかも日本財団の受託以後この問題が発生したかのように時系列のすり替えが行われている。この問題が日本財団受託後に発生したのなら確かに問題であるがそうではなく、一貫して直接の現場の責任者である稲葉、黒尾の責任は問題にしていないのはなぜか。

また、2020年4月8日の全生園自治会の訪問時、『逃走日誌』が展示してあって大問題なったというが、これも国立移管以前の高松宮記念の時から既に展示してあったと記憶する。

我々は、自治会が「ハンセン病図書館」の資料を「国立ハンセン病資料館」に移管してハンセン病図書館の閉館を決めたことを知り「ハンセン病図書館友の会」を立ち上げその決定に反対した。前述のように「入所者側の資料は入所者が収集管理する」というハンセン病図書館の理念に反すると思ったからである。しかし、「将来的に独自の保存管理には限界が有る」というのが自治会の説明だった。結局、山下道輔さんが自治会の決定に従うと態度表明したことで我々は矛を収めざるを得なかったから一部始終経緯は承知している。この文脈に資料館開館当初から現在までのいきさつを熟知する大竹章さんの名があるのは不思議である。

また、「返還」を要求して返還後の保存管理はどのようにする計画なのであろうか。移管当時より事態は進行しているのである。

 

【まとめ】

力のベクトルを合成した結果どのように作用するかという力学の理論はそのまま「政治」に応用される。「政治力学」と言われる所以である。一見様々な問題を提起しているかのような『全療協ニュース』の記事だが、そのベクトルを合成すれば、「主体性」や「あるべき姿」のような抽象的な話ではなく、極めて具体的な黒尾氏擁護という事実に突き当たる。

要するに『全療協ニュース』から見れば、稲葉氏の不当解雇問題はつけたりでのようなものである。本筋は「資料館問題」を全療協が提起した時期と内容から見れば、黒尾学芸部長体制の解体が全療協ないし資料館の主体性を損なうという主張である。そしてそのため業務の混乱と停滞が起きているとして、その弊害を取り除くために、館長の退任要求と「法人」の設立決議という流れである。そして、なぜ全療協執行部がこの無理筋をゴリ押しして、統一交渉団から突出し組織内部の分断の可能性も意に介せず、黒尾氏個人の擁護にこだわるのかという疑問に突き当たる。突如の問題提起から矢継ぎ早の要求の数々は十分な全療協各支部の理解と討議を経た上のことであるのかという疑問も残る。しかし、当然ながら『全療協ニュース』だけでは、この疑問に対する答えは出ない。

 

【蛇足=個人的感想】

以上、できる限り紙面と事実に即して『全療協ニュース』の分析を試みた。

以下はそれを離れての蛇足=個人的な感想である。

藤崎事務局長と黒尾元学芸部長が個人的に親しいことは周知の事実だという。この件は違うと信じるが、一般論として組織のリーダーは個人的な感情は個人的関係の中にとどめるべきであって、私的感情で組織を動かすことはあってはならないことだと思う。

また、この側面から見れば、前回の『この度のハンセン病資料館の元学芸員・稲葉上道氏たちの「不当解雇問題」について私たちは以下のように考えます』の考察もまた、氷山の一角であって、一面から見ただけの皮相なものかも知れない。

 

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